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【企画】百恋一首 〜百の短編恋物語〜

著編者 : 絢音 + 全てのライター

五十六番 吸血鬼とは呼ばないで

著 : 絢音

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※擬人化有。苦手な方は注意して下さい。



 あの日、かくれんぼで偶然隠れた茂みの中で。俺は神秘的な少女と出会った。

 彼女は青い長髪を風に靡かせ、俺に背を向け立っていた。その背中には紫色の薄い飛膜を持つゴルバットのような翼。人ならざるその姿に俺は息を呑むしかなかった。

 彼女は茂みの中の俺に気づかないまま、小さな背丈に対して大きすぎる両翼を広げ大空へと飛び立った────






「という運命的な出会いがあったんだわ」
「運命的って……狭川くん、相手と知り合ってもないじゃない」
 俺の感動的な思い出話に対して、後ろの席に座る須藤響子は鋭い朱色の目を細め、露骨に呆れた顔をする。その顔に反抗するように俺は会話を続ける。
「ガキの頃に獣介人(じゅうかいびと)に会ったってだけでも凄くね!? ただでさえ数少ねーし、大体が貴族じゃんか。庶民の俺達がそう簡単に出会えるもんじゃねぇだろ?」
「たしかにそれはそうだけど」
 興奮気味の俺とは正反対の冷たい態度でそう返す須藤は、長い髪をしなだらせ手元の日誌をさらさらと埋めていく。今日の日付の横にある日直の欄には須藤の名前の隣に既に『狭川泰樹』と俺の名前も記されている。なぜ放課後に二人残って教室でこんな物を書いているのかというと、今日は俺と須藤が日直で、今になって漸く日誌の存在を思い出したのだ。幸い二人共帰宅部のため、お互い居残りする事に特に問題はなかった。ただ、日誌のほとんどを須藤一人で書いている……俺の存在意義とは一体……? する事もない俺は記憶の中の少女に思いを巡らす。
 彼女はきっと『獣介人』──人間にもポケモンにもなれる種族だろう。先に言った通り、獣介人は他の人間やポケモンといった種族と比べると人口は少ないらしい。実際、俺も幼少期に運命的な出会いを果たした例のゴルバットの獣介人以外会った事はない。その能力の高さから偉い立場の者が多く、俺のような一般的な人間の庶民が生で見る事自体相当珍しい。たしかにいつ思い出してもあの少女の神々しさは凄まじかった。とてもじゃないが一般人ではない。たとえ幼少期の衝撃的な記憶が美化されているのを差し引いたとしても。あの出会いも手伝って、俺は獣介人に強い憧れを抱いていた。
 ぼんやりと考えに耽っていたが、日誌がパタリと閉じられる音で目の前の彼女に意識を引き戻される。俺は須藤に確認の意味も込めてこう尋ねた。
「あ、終わった?」
「ええ」
「マジか、結局全部書かせちゃった。なんか何もしてないの申し訳ないし、それ職員室持ってくのくらいやるわ」
「下駄箱に向かう途中にあるんだし、一緒に行けばいいでしょう」
 須藤はそう言って、素早くまとめた荷物を持って立ち上がる。その腕には既に日誌も抱えられている。俺も慌てて荷物を手に取り立ち上がった。その間にも彼女は教室を出ていく。待つなんて事はしてくれない。さっきまでの会話でもそうだが、須藤は良く言えばクール、悪く言えば冷めているし無愛想だ。正直クラスでも浮いている。しかし誰とでも仲良くなれるのが特技である俺は、出席番号が並んでいる事もあって、そこそこ話す仲だ。
 追いついた須藤の横顔をちらりと覗き見る。濃い紫色の長髪に、切れ長の鋭い赤目。寝不足なのか目の下のクマは酷いし、肌も白いを通り越して血色が悪い感じだが、それでも美人な方だと思う。それなのに人から距離を置かれるなんてもったいない性格だ。
「何?」
 顔を盗み見ていたのがバレたのか、須藤が何の感情なくそう言った。相変わらずの塩対応に俺は慌ててなんでもないよう言い返す。
「べ、べつに?」
「…………」
 気まずい沈黙が流れる。なんか話題ないか、とあたりを見渡すと職員室横の掲示板に貼り出されたあるポスターが目につく。見出しには大きく【不審者出没注意!】と書かれている。それを見ながらなんとなく呟く。
「あれ、まだ捕まってないのかなー……」
「よく知らないけど、噂じゃ獣介人って話らしいし、なかなか捕まらないんじゃないかしら。本当に……あの人達のやることは気が知れないわ」
「随分と毛嫌いするじゃん。もしかして獣介人と何かあったの?」
 まさかここまでちゃんと反応してくれるとは思わず、少し嬉しくなって話を広げてようと試みた。しかし、返ってきた答えは何とも反応しづらいものだった。
「べつに。ただ……獣介人の事なんて一般人には理解できないから」
「そ、そう? その不審者はともかく、俺はカッコイイと思うけどなぁ、獣介人」
「一般庶民が実物を見て同じ事が言えるかしらね」
 そう言い捨てると須藤は日誌を持って一人職員室に入っていった。なんだよそんな言い方ねぇじゃん、と俺は一人ムキになってみたりもしたが、帰ってきた須藤の顔が何だか傷ついてるように見えて……俺は何も言えなくなった。二人で特に話す事もなく、若干の気まずさを抱えながら校門まで一緒に歩く。少し先を歩く須藤がくるりと振り返った。
「じゃあ私、この子で帰るから」
 そう言った彼女の手からポンと現れたのは、大きなゴルバットだった。慣れた様子でゴルバットの背中に跨るのを見て、俺はハッとなって言葉をかける。
「じゃ、じゃあな、須藤! また明日!」
 ゴルバットの羽音に負けないよう大声を張り上げ大仰に手を振ると、須藤も軽く手を振り返してくれ、なんと今日一日で初めての笑顔を見せた。と言っても満面ではなく、呆れたような微笑だが。それでもドキッとするには十分で。飛び去る彼女の背中を見送りながら、やっぱりあの仏頂面はもったいないよなぁと思うのだった。

 その時の俺には、普段感情を見せない彼女がなぜ獣介人に対してあんな嫌悪感のある言い方をしたのか全く思い至らなかった。



 翌日、普段通りの授業が始まり、眠気と戦いながら机に向かっている時だ。事の発端は窓側の席のクラスメイトのひそひそ話だった。徐々にそれは大きくなり、とうとう教壇に立つ先生が「何事だ」と授業を中断した。それと同時に生徒たちのざわつきも大きくなり、廊下側の俺にもその声は届いた。
「うおっ、なんだあれ?」
「なんかポケモンの群れじゃない?」
「数やば! めっちゃいる! しかもこっち向かってきてない!?」
「あの羽の動きからしてズバットじゃね?」
 そんな騒ぎと共にあれよあれよと野次馬が窓へと集まっていく。それを遠目に見ていた俺は後ろの席に振り返りながら、須藤に声をかける。
「こんな朝っぱらからズバットの大移動だって。珍しいな」
「ズバット……こんな所にまで……」
 俺の呼びかけが聞こえているのかいないのか、須藤は野次馬でほとんど見えない窓の外に目を向けながらすっと立ち上がった。須藤が野次馬に加わるなんて珍しいと思ったが、なぜか彼女は窓とは反対方向、つまり廊下へと足早に出て行ってしまった。先生は教室内の生徒の混乱を収めるのに必死で生徒が一人出ていった事に気づきもしない。なので俺も便乗して須藤の後を追うことにした。ぎりぎり見えた彼女の背を追って辿り着いたのは、屋上へと続く扉だった。きっとこの先に須藤はいる。そんな確信を胸に、俺はそっとドアノブに手をかけた。鍵はかかっておらず、いとも簡単に扉は開いた。その先の光景に俺は目を見開く。

 彼女は紫の長髪を風に靡かせ、俺に背を向け立っていた。その背中には青色の薄い飛膜を持つクロバットのような翼。人ならざるその姿に俺は息を呑むしかなかった。

「こんな所にまで来るなんて、随分と暇なのね」
 目の前に立つ大きな翼が生えた女子の冷たい声に現実に引き戻される。俺に対して言われたのかと思ったが、どうやら話し相手は別にいるようだ。彼女の少し前を見上げれば、牙をカチカチと鳴らし怒りを露わにしたゴルバットが声を荒らげていた。
「あのボロアパートにお前が全っ然帰ってこねぇからわざわざこうして出向いてやってんだろうがぁ! せっかく獣介人の俺様が求婚してやってるっていうのによぉ!」
「はぁ、ストーカーの思考回路って恐ろしいわね。話もしてもらえない時点で脈ナシって理解してもらえないのかしら。それとも力で説き伏せればどうにかなるとでも思っているのかしら。
 そもそも半端な獣介人同士だから番になろう、っていう発想が意味不明。正直キモい。てかあんた人語喋るだけで変化したとこ見た事ないんだけど。よくそれで獣介人って威張れるわよね」
「言わせておけば……! 俺様を怒らせた事、後悔しても遅いからな! やっちまえ、野郎共!」
「はぁ……悪いけど、雑魚引き連れてイキってる人なんかに負けやしないわ」
 彼女の煽りにゴルバットのボルテージはどんどん高まり、とうとう戦いの火蓋が切られた。彼女一人に対し数えきれない程のズバットが襲いかかる。多勢に無勢の状態に、俺はいてもたってもいられず彼女の横に飛び出す。突然の俺の登場に驚く彼女の顔を確認しつつ(確認なんかしなくてもあの冷たい喋り方で本人だと確信していたが)暴風の中声を張る。
「須藤なんだよな!? さすがにヤバそうだから助っ人入る!」
「狭川くん!? なんで……」
「須藤の事追ってきた! とにかく今はバトルに集中!」
 迫り来るズバットが視界一杯に映り、あまり余裕がない俺は早口で答えながらボールを二個宙に投げた。光と共にライボルトとガントルが現れ、俺は急いで二匹に指示を送る。
「ライボルト、スパーク! ガントル、ロックブラスト!」
 ライボルトは電撃を弾かせながらズバットの群れの中を駆け抜け、ガントルは岩を投げつけ次々とズバットを撃ち落としていく。一匹一匹は弱いみたいだ、と少し余裕が出たところでちらりと須藤の様子を伺った。彼女はいつも登下校を共にしている相棒のゴルバットと風を纏いながら共闘しており、近づいてくるズバットは彼女に触れる事すら叶わず群れから弾かれてゆく。その様はさながら風の舞で、その優美さに思わず見とれてしまった。その時、ちらと須藤の朱色の瞳がこちらを捉えた。その眼光の鋭さにドクンと心臓が跳ね、さっと目を逸らしてしまう。ドクドク鳴り止まない心臓を抑えるように頬を二回叩き、再度声を張り上げる。
「ラストスパートだ! ライボルト、ほうでん!」
 群れの中心を駆け抜けていたライボルトが俺の掛け声に合わせて咆哮をあげながら屋上全体に電気を放つ。眩い光が収まった頃には飛んでいるズバットの姿はなく、ゴルバットが一匹残されていた。
「くっ、くそっ……」
 焦りを滲ませる相手に須藤はつかつかと歩み寄る。その間に彼女の後ろに控えていたゴルバットはボールの中に戻った。俺は自分のポケモン達を傍に呼び寄せるも、臨戦態勢は崩さず成り行きを見守る。須藤はゴルバットの前まで来るといつもの調子で冷たく諭す。
「これで気が済んだ? 私、自分より弱い人と結婚する気はないから。もう私の事追いかけ回すのはやめてよね」
「あ、相性が……相性が悪かったんだ! 邪魔も入ったし!」
 ボロ負けなのに恥ずかしげもなく負け惜しみを言う敵の姿は同じ男としてかっこ悪い。対峙する須藤もあからさまに蔑むようなため息を吐いた。しかしその後とんでもない提案をする。
「じゃあ、こうしましょう。今から一対一で勝負してあげる。私が負けたら大人しく番になるわ。私が勝ったら──二度と目の前に現れないで」
「…………いいだろう」
 サシだと勝ち目があると踏んだのか、ニヤリといやらしく笑うゴルバットに冷徹な一瞥をくれながら、須藤はさっとこちらを振り返る。そして今度は俺に向かってつかつかと歩いてきた。細い肩から伸びる大きな両翼。よく見れば耳も人間のとは異なり尖っているようだった。朱色の瞳を囲む黄色い虹彩が鋭い眼光を放つ。まじまじ見れば見るほどその造形美に魅了された。目の前に立った憧れの獣介人を前に俺は何の言葉も出なかった。須藤の鋭い牙が覗く薄い唇が開かれる。
「狭川くん、ちょっとお願いしてもいいかしら」
「えっと、な、なに?」
「吸血させて欲しいの」
「えっ!?!? なっ!?」
「お願い」
 彼女の有無を言わせぬ迫力に、俺は訳も分からないまま首を縦に振るしかなかった。あれか、さっきのほうでんでダメージ食ったから回復としてか? それとも血を飲んだ方が本領発揮できるのか? ともかく飲ませないといかなさそうだ……俺は意を決して自分の首を差し出し目をぎゅっと瞑った。プツッと皮膚を貫通する感触と共に痛みが走る。しかしそれは首ではなく左腕だった。恐る恐る目を開くと、俺の左手を持ち上げ腕に唇を添える須藤の姿があった。その妖艶な様と腕の痺れに心臓がばくばくと音を立てる。その時、須藤の姿がぱぁと光に包まれた。まるでポケモンの進化の時と同じように。そのまま人間の姿が崩れ、光はクロバットのシルエットを象る。光が消えたと同時にそこに現れたのは完全なクロバットだった。
 それからの戦いは一瞬だった。クロバットになった須藤がゴルバットにあやしいひかりをお見舞いし、相手が混乱してクラクラしている間に間髪入れず何度もエアスラッシュを叩き込む。耐久力のないゴルバットはそれでもうダウンしてしまった。地にひれ伏すゴルバットの元に舞い降り、彼女は身が竦むほど静かに冷たく宣告する。
「あんたの負けね、さようなら」
 須藤が大きく羽ばたくとゴルバットと周りのズバット達を巻き込むほどの突風が起こり、彼らをまとめて遥か彼方に飛ばしてしまった。恨みのこもったふきとばしに俺までも気圧され尻もちをついてしまう。傍にいたライボルトとガントルは飛ばされまいと自らボールに戻った。風に阻まれる視界の中、須藤の姿がまた光に包まれているのが見え、風が止む頃には須藤はいつもの人の姿に戻っていた。
「……狭川くん、大丈夫だった?」
「…………おー……」
 俺に背を向けたまま須藤が尋ねてきた。夢にも見たリアル獣介人、しかもそのバトルシーンが見れて感動を超えて未だ呆気にとられている俺は間抜けな返事しかできない。それに応えるようにようやくこちらを振り返った須藤はなぜか寂しそうな、諦めたような複雑な表情をしていた。なんて顔してんだよ、そんな軽口も叩けない空気に胸が切なく締め付けられる。そんな俺に須藤はさらに追い討ちをかけるような事を言う。
「狭川くんともこれでさようなら、かな」
「えっ」
「獣介人である事が公になった以上、この人間ばかりの学校に通い続けるのは厳しいから……皆を怖がらせる訳にはいかないしね」
「そんな事っ」
「ないとはいえないでしょ?」
 俺の否定の言葉を遮り、彼女は隠したはずの飛膜をもう一度広げてみせた。その口には嘲るような笑みを浮かべているのに、切れ長の両目は濡れている、そんなちくはぐな表情を浮かべていた。
「吸血しないと、こんな中途半端な変化しかできないの……気持ち悪いでしょ? 吸血鬼じゃない、こんなの。
 いいの、何も言わないで。昔からずっとそうだったから。半端な獣介人だからって気味悪がられたり、馬鹿にされたり──嫌われるのは、慣れてるから」
 普段口数の少ない須藤がこんなにもずっと喋り続けていることに少し驚いたが、それだけ必死なんだと察した。それを遮るのもどうかと思ったが、だけどこれだけはちゃんと伝えないと──俺の反応なんて気にせず、いや、見ないようにして未だ喋り続ける須藤にバッと駆け寄る。
「ごめんなさいね、せっかくの憧れの獣介人のイメージを崩しちゃっ──」
「嫌いになんてなるわけないっ!」
 突然、両腕を掴まれた須藤はビクッと肩を震わせ言葉を失った。その表情にはもう嘲笑はなく、ただただ泣くのを堪えているようだった。俺はそのまま彼女と向き合い言葉を続ける。
「嫌いになるわけないだろ。むしろ感動したわ。また獣介人に出会えるなんて。しかも戦ってるとこまで見れたし! 戦ってる須藤、めっちゃカッコよかった! それに……綺麗だった。
 だから、だから……だから、もう会えないなんて、そんな事言うなよ。周りがなんだって言うんだよ、須藤気づいてないのかもしれないけど、もう皆から怖がられてるよ、吸血鬼だとか今更だろ」
「……随分酷い言い様ね」
「あ、わり、でもこんな事気にするタイプじゃないだろ? それに俺は須藤の事、吸血鬼なんて呼ばない。強いて言うなら獣介人様かな?」
 俺がおどけてみせると彼女は静かに流れ落ちた涙の後を拭って、くすりと微笑を零した。
「何よそれ……でもたしかに、狭川くんの言う通りね。元々皆から距離置かれてたわね」
「それは須藤が冷たい態度取るからだって。まあもし、今後誰かが須藤の事悪く言うようなら……俺が守るから。須藤の事。だから、一緒に教室戻ろう」
「……ええ」
 小さく頷いた彼女に、ほっと胸を撫で下ろす。須藤が翼を消したのを確認してから、俺達は並んで歩き出した……が、屋上の扉を開けるとそこには既に多くの人だかりが出来ていた。階段の下まで続く人の群れからいろんな言葉が飛び交う。
「須藤さん、カッコよかった! 痺れました!」
「狭川、公開処刑乙!」
「『俺が守る』……ヒュー、キザだねぇ」
「ねぇねぇ、須藤さん的には狭川くんの事どうなの?」
「いやいや! お前ら注目するのそこか!? てか本人いる前でそんな事聞くな! 冷やかしごめんだ、はよ教室戻れ!」
「案外お似合いだと思うぜー」
「狭川、良い奴だからよろしく頼むよ、須藤さん」
 俺の叫びなど届きもしない。項垂れる俺を前にやいのやいの騒ぐクラスメイトを割るように、真ん中から担任が現れた。難しい顔をしたまま「職員室に来なさい」と告げると、踵を返して階段を降りて行く。俺もそれに続こうと足を踏み出した時だった。くいっと後ろに引かれる。見れば須藤が俺のシャツの裾を掴んでいた。皆のニヤニヤ顔に囲まれながら、居心地悪く会話が始まる。
「あー……どうした?」
「あのね、狭川くん……その、ありがとう。私、狭川くんの事────」
 ゴクリと唾を呑む。これはまさか──告白?
「嫌いじゃないよ」
 期待とは少しズレた言葉に俺含め皆ずっこけたことだろう。ただ、これはこれで須藤なりの気遣いなのだろう、と気を取り直し顔を上げると──満面の笑みの須藤がそこに立っていた。それを見て確信した。いや、認めざるを得なかった。
「俺は好きだよ」
 頭に弾き出された答えがそのまま口をついて出る。まさか何の飾り気なく出てくるとは思わず、言ってしまってから慌ててしまった。
「えっ? あ! いや、うん、だから、そのぉ……強く! そう! 強く、なる! 須藤より! そんでバトルしよう!」
 勢いに任せた俺の言葉に、今度は須藤含め皆ぽかんとした顔をしていた。しかし須藤はすぐに心得たのか、綺麗に微笑む。
「私が負けたら大人しく番になる、でいいのね?」
「お、おう。絶対勝つから」
「楽しみにしてる」
 彼女の言葉でようやく周りも理解したのか、黄色い声や囃し立てる口笛があちこちからあがる。それも怒鳴り声と共に現れた生活指導の先生によって粛清され、俺と須藤は二人仲良く職員室へと連行される。職員室へ向かう道すがら、隣で並んで歩く須藤の横顔を盗み見るとバチッと目が合った。すると須藤はふっと優しい微笑を漏らす。ああ、こんな顔もするんだな、と明らかに何かが変わった須藤との関係に俺はどぎまぎしてしまう。これから職員室でどんなお叱りが待ち受けているのか、須藤はこの学校に通い続けられるのか、須藤が俺の事実際どう思っているのか……先の分からない事ばかりだけど、ただ一つ分かった事、そしてやるべき事がある。

 俺は須藤が好きだ。だから、彼女の為に強くなろう。強い彼女に認めてもらえるように。そしてそんな彼女を守れるように。

 そう心に決めて、俺は彼女にはにかみながら笑い返したのだった。

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2020.10.31  18:40:05    公開


■  コメント (2)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

>>LOVE★FAIRY様
こんにちは。早速コメントありがとうございます。
今回はオリジナルの世界設定として『獣介人』というものを使ってみました。短編のため説明しきれず少し悔しい気もしますが、人間とポケモンの中間といった不思議な存在と思って頂ければ御の字かと思います。この設定を使った長編もいずれ書いてみたいなと思っております。
バトルシーンに関してはごちゃごちゃしてしまい、説明不足でわかりづらかったかもしれませんが、実はもう一人ゴルバットの獣介人が出てきており、そのゴルバットと須藤&狭川ペアのバトルになります。なので狭川vs須藤はまだ戦っていません。ここは男を見せて狭川に頑張って勝って欲しいところですね。分かりづらい描写で誤解させてしまい申し訳ありません。もっとわかりやすく書けるように努力します。
これからも精進して参りますので、今後ともよろしくお願い致します。それでは乱文失礼しました。

20.11.1  13:32  -  絢音  (absoul)

今回の物語の中で度々出てくる『獣介人』はある意味怖いイメージがありましたけれど、実に不思議すぎますね……
そんな狭川は、獣介人こと須藤に恋を抱いたものの、バトルではあっさり負けてしまいましたか……
これから彼女の為に強くなると決意した狭川は果たして、強い彼女にリベンジできる日は来るのでしょうか……
少々怖かった物語でしたけれど、とても面白かったです!

20.10.31  19:50  -  LOVE★FAIRY  (FAIRY)

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