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【企画】百恋一首 〜百の短編恋物語〜

著編者 : 絢音 + 全てのライター

一番 薄れ行く花火と君と

著 : 絢音

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 終業のチャイムの代わりに教壇に立つ先生の終わりの一言でその日の授業は終わった。
 私はすぐさま席を立ち、隣に座る友達の机に手をつきため息をついた。
「はぁ〜、やっと終わった〜。夏休みの、しかもお盆だって言うのに夏期講習とかまじやってらんねーよね」
「仕方ないよ、私達受験生だし」
 そう言う恵美子に私はそんなもんかな、と小さく呟き返し、そそくさと帰る準備をする。二人で教室を出ると別の教室で授業を受けていた友達の花怜が大きく手を振りながら近寄って来た。
「理恵ー! 恵美子ー! 一緒に帰ろー」
「うん、いいよ」
 そうして私達は並んで校門を抜ける。三人とも電車通学なので、駅まではいつも一緒に歩いて行くのだ。私は他愛ない会話の中で今日の重大イベントを思い出し軽い気持ちで口にする。
「そういえば、今日お盆祭りだね。良かったら三人で行かない?」
 お盆祭りはここいらでは比較的大きいお祭りで、目玉は百発連続で上げられる花火である。私は、というかこの辺りに住む人達は皆、毎年それを楽しみにしている。しかし二人の反応はいまいちパッとしなかった。特に花怜は口をもごもごさせて何とも言いにくそうな渋い顔をしている……それでも可愛い顔は崩れないから、つくづく可愛い顔の人は羨ましい。先に申し訳なさそうに口を開いたのはやはり恵美子だ。
「ごめん、私、今日塾なんだ」
「ひゃー学校での講習も受けて更には塾でも勉強すんのか、やっぱ優等生は違うなー」
「そんなことないよ、受験生はみんなそんなもんだよ」
 恵美子はそう謙遜するけど、彼女は難関と言われるジムリーダー育成学校への進学を目指しているだけあって成績はかなりいい。というか、頭の作りがいいのか、草タイプを中心とした彼女の頭脳戦は先生でさえも唸らせる程である。そう言う私はというと、なんとかそれに食いついて同じS級クラスの授業をぎりぎり受けられている。花怜に関してはバトルには興味ないといった様子で成績もそんなに良くない……が、持ち前の可愛さから生徒、先生問わず人気がある。そんな彼女はまだ黙っているので私は答えを急かす。
「んーじゃあ花怜は?」
「ぅえっ!? わ、私も、今日は、ちょっと……」
 花怜はあからさまに上ずった声を上げる。それが気になり私は更に問い詰める。
「何よーなんか言いにくい理由でもあるわけ?」
「……理恵、察してあげて」
 耳打ちするようにぼそりと呟く恵美子の助言に従って、私は花怜を観察しながら考える。ハの字に寄せられた整えられた眉、少し俯き軽く下唇を噛む仕草もいじらしく可愛らしい。そしてほんのりと赤く染まった頬……あ、分かった。分かってしまった。私はその事実に彼女を誘った事を後悔する。
「あ、なるほど、ごめん、先約がいる感じ?」
 しかもそれは私の勘が正しければ男だ。たしか私と恵美子と同じS級クラスの富士崎とかいう優男。いつの間にそんな関係になったか詳しくは知らないけどもう六ヶ月になるんだっけか。くそっ、リア充め。明日になったらこってり搾ってやる。
 私の思いを知ってか知らずか花怜は申し訳なさそうに、それでもどこか嬉しそうに小さく頷いた。そのはにかみの前では私のちっぽけな嫉妬心も失せてしまう。あぁ、やっぱり可愛い子は得だと思う。
「気にしないでいいから楽しんでおいで」
「ぁ……うん! 折角誘ってくれたのにごめんね、ありがとう、理恵」
 そして彼女の咲かす笑顔もこれまた可愛くて、ほんと可愛い子はズルい、と私は思った。


 それから数時間後。私は家の番犬であるヘルガーを連れて人気のない土手を歩いていた。
 ああは言ったもののやっぱり花火が見たかった私は散歩という名目で家を抜け出した。お母さんは受験生なのに勉強もせずに外出する事に少し嫌な顔をしてたけど、そんなのは知ったこっちゃない。いくら大事な時期とはいえ、年に一度の楽しみを逃すわけにはいかないのだから。ただ一つ気がかりな事と言えば……。
「……一人で花火見てもなぁ」
 つい口に出てしまった。私の声にすぐ隣を歩くルルがふいと顔を上げる。私がいるじゃないとでも言いたげな彼女の視線に少し笑みが零れた。
「ははっ、ごめんごめん、ルルがいるなら私は一人じゃないね」
 そう言って頭を撫でてあげると、ルルは満足げに鼻を鳴らした。先の尖った尻尾をぶんぶんと左右に振っているところを見ると、結構喜んでいるようだ。
 でもなぁ、と今度は心の中で続ける。そう、お祭りと言えば必ず屋台が出る。しかもこの盆祭りは大規模なだけに集まる屋台も多い。屋台巡りも私の楽しみであった。でもさすがにポケモンを連れて一人であの人混みの中に行く気にはさすがになれない。嫌でも自分だけ一人で寂しくて惨めになるだろう。だから今回は屋台は諦めて、穴場の花火観賞スポットに早めに行っていい場所で見てやろうと思い立ったのだ。
 私は折り畳んでいたタウンマップを開き、場所を確認する。このまま川に沿って真っ直ぐ行けば湖に繋がって、そこの岬からばっちり見える……と、いつか前テレビで見た気がする。でもこのあやふやな情報に今更ながら不安になってきた。だっていくら穴場だって言っても、少し時間が早いと言っても、人一人いないのは可笑しくないか? 一人、二人は私と同じような奴がいたっていいはずだ。
 私はタウンマップから顔を上げ、きょろきょろと周囲を見渡した。……人どころかポケモンの気配も感じない。いや、ポケモンはいるにはいるんだろうが油断なく目を光らせるルルの前になんか飛び出せないんだろう。さすが我が家の番犬をしてるだけある。そのルルが何か嗅ぎ付けたようだ。急に立ち止まり低い声で唸ったかと思った瞬間には河原へ飛び出していた。私も慌ててその後を追うも、意外と急な斜面に手こずりなかなか降りられないでいると、下方から叫び声が響く。それを聞いた私は思わず叫んでいた。
「うそ、もしかして人襲ってる……?! ルル!」
 そして足下も確認せずに河原へ飛び降りる。膝をつきなんとか着地すると、少し先に人を押し倒しているヘルガーの背中が見えた。
「ルル! 止めなさい!」
 再度叫ぶとルルは飛び退くが、臨戦態勢は崩さず、その傍を離れずに恐ろしい形相で睨み付けている。唸り声は一層大きくなっている。そんな彼女を前に頭をもたげたその人はすごい青白い顔をしていた。目は大きく見開かれ、なんというか……こう言うと失礼かもしれないけど、あまり生気の感じられない顔をしている。私は少し不気味になりながらもその人に近づきながら声をかける。
「すみません、大丈夫ですか?」
「…………」
「え?」
「見えるんですか?」
 何の話をしているんだろうか。最初の方を聞き逃したから話の流れが読めない。だけど聞き直すのもなんだか憚られて、私は曖昧に頷いた。大した事じゃない事を祈るしかない。私の反応に彼は何故か驚いた顔をする。そして次にはぎこちなく笑う。不意打ちのその笑顔に少しドキッとしてしまった。いや、気のせいだ、うん。私は気を紛らそうとルルをたしなめる。ルルは渋々といった様子で唸るのを止めたがその視線は鋭いままだ。
「その子、君の子?」
 いつの間にか起き上がっていたその男子が尋ねてくる。はい、と答えつつ私は彼の少し異様な出で立ちを気付かれないように観察する。暗くて分かりづらいが白い浴衣だろうか? 何の柄もなく、質素なものだ。お祭りにその浴衣はちょっとどうかと思ってしまう。しかもそれに変わらず血の気の引いた顔が相まってなんだか病人みたいだ。体型も私と同じ歳くらいにしては細過ぎる気がする。
「本当にすみません、怪我とかありませんか?」
 私は不自然にならないように会話を続けつつ観察を続けていた。彼も気づいていないようで、たどたどしくも楽しそうに会話をする。何がそんなに楽しいんだろうってくらいにはにかんで。
「い、いえ、ないです。大丈夫です。あの、君はここで何を?」
「えっと……花火を見に来たんです」
「花火、ですか?」
「はい、すぐそこに穴場のスポットがあるんで」
「へぇ〜そうなんですか……」
 そこで彼の目に初めて光が宿ったのを見た気がした。でもそれも右往左往と泳いだ挙げ句、悲しげに細められる。その様子から何となく察した私は恐る恐るある提案をしてみた。
「えっと……良かったら、一緒に、見ます……?」
 花火に男を誘うなんて、なんだか告白みたいで、思わず顔が熱くなる。それを見られたくなくて私は思いきり顔を反らした。だから彼の顔は見えなかったけど、それでも分かるくらい弾んだ声で答えてくれる。
「えっ? いいの? ありがとう!……ございます」
「忘れるくらいならタメでいいよ。私は吉沢理恵っていうの。あんたは?」
「北川幸人。それじゃあ理恵ちゃん、よろしく!」
 なっ……『理恵ちゃん』って……馴れ馴れしいな、オイ。でも別に嫌じゃない。寧ろくすぐったくて笑ってしまいそうだ。でもそれも見られるのが恥ずかしくて私は体を翻すとさっさと目的地に向かうことにした。北川君は私の態度に首を傾げながらもやはり楽しそうに付いてくる。会ったばかりの私と居て何がそんなに楽しいのかと思うけど、その事実が嬉しいのもまた事実であった。
 そういえば、なぜルルは彼を襲ったりしたのだろう? いくら番犬とは言え、ルルは意味無く人を襲ったりするポケモンではない。私は寄り添うように隣を歩くヘルガーを見た。未だ彼女の警戒は解けていないようでその視線は北川君からぶれることはない。
 そんなことを考えているうちに湖に着いた。水面は静かに夜空を映し出しており、暗闇に輝く二つの月が神秘的な空間だった。空との境界を示すように突き出た岬に向かう。
「……誰もいない」
 思った事を口にする。やっぱりあの情報は間違いだったのだろうか。そもそもそんな情報が存在していたのかということ自体が怪しくなってきた。イライラしてきて頭を乱暴に掻く私に構わずに北川君は岬の縁に腰かける。
「見て、空が湖に反射して綺麗だよ」
「…………」
「すごいなぁ、上も下も星に挟まれてる」
 壮大な景色を前に目をキラキラさせている彼を見ているとなんだかこんなことでイライラしている自分が小さく思えた。軽く息を吐いて私も彼に倣って腰かけた。そうするとまるでその空間に入り込んだような錯覚に落ちる。
「……やっぱり空にある月の方が綺麗ね」
「それってもしかして告白?」
「なっ! 何言ってんのよ、そんなんじゃないし! 私は純粋に月が好きだって言ってんのっ」
 彼のからかいに恥ずかしいくらいにむきになってしまう。そんな私を見て北川君は楽しそうに笑った。その笑顔が眩しすぎて直視できない。何よ、人の事見てそんなに楽しそうに笑わないでよ……勘違いしそうになる。ふと笑い声が消える。気になって彼を見ると、神妙な顔つきで空を見上げていた。その視線を反らさずに彼は口を開く。
「ねぇ、死んだら星になるって本当かな」
「何よ、急に」
「いや……どうせなるなら月がいいなと思って」
「どうして?」
 私が問いかけると彼はこっちを向いた。そしてとても柔らかく、とても優しく、とても――とても儚く微笑んだ。
「だって君が好きだって言うから」
 ――え。なにそれ。それこそ『それってもしかして告白?』ってやつじゃないの。私の好きなものになりたいってつまりそういうことなんじゃないの。でも私達まだあったばかりだし。からかわれてるだけかも。こういうときなんて言えばいいんだろ。私は答えが分からぬまま彼の顔をただ見つめていた。その時彼の後ろからヒューと何かが風を切る音がする。そして星の幽かな光しかなかった闇の中に煌々とした大輪の花が咲く。それが消えるのを待たずにまた新しい花火が上がる。
「あ、花火始まったみたいだね」
 ひっきりなしの爆発音に混じって北川君の声がする。けど私はそれより気になる事があった。いや、信じられない事が目の前で起こっていた。なんで――なんであんた透けてんの。花火が上がる度に、私は否応なしにそれを見せつけられる。彼の頭越しに花火が透けて見えるからだ。花火の音が遠い。震える体を抱え込むと、すっとルルが寄り添ってくれる。その目は相変わらず北川君を睨んでいるが。
 北川君は私の視線など気付いていないのか花火に釘付けだった。そうして最後の花火が名残惜しく火花を散らして消えた。彼は振り返る。その顔は笑っているけど悲しげだった。
「透けてたでしょ、俺」
 はっと息を呑む。分かってたのか。知ってたのか。自分が透けるって。
「北川君、あんた一体……」
 その続きは彼の笑顔に止められる。それは有無を言わせぬものだった。彼は立ち上がりルルに目を向ける。
「そのヘルガーには分かってたんだろうな、俺がここに存在してないものだって。そうなんだ、俺は今、ここには存在していない」
「じゃあ今のあんたは幻だっていうの? あんた一体何なのよ……」
 北川君は微笑むだけで答えてはくれない。なんてもどかしいのだろう。私は責める口調になってしまう。
「笑ってないで答えてよ」
「この俺を見つけてくれたのは理恵ちゃんが初めてだったんだ。俺は……初めてこんなに強く生きたいと思った。生きて君に会いたい。だから……行かなきゃ」
「行くってどこにっ!?」
 そう言った瞬間、彼の体が消え始める。私は慌てて彼の右手を掴もうと手を伸ばした――けど、その手は虚しく空を切る。北川君に触れられない。それは彼がここに存在してないから? その真実は私の目を熱くするには充分だった。北川君は悲痛に顔をしかめる。
「泣かないで……必ず会いに行くから。約束する」
「……約束よ」
 絶対よ、は嗚咽に混じって声にならなかった。北川君は最後ににっこり笑って頷くとそのまま跡形もなく消えてしまった。

 花火の残り香のように煙だけがまだ空を漂っていた。



 次の日も、その次の日も何の変わりない日々が続いた。それは季節が変わっても変わらない。それでも私は彼を忘れる事はなかった。今となっては全て幻だったのではないかとも思う。それでも私はあの約束を忘れられなかった。忘れたくなかった。ほんの一時を共に過ごしただけなのに、私の中の彼の存在はどんどん大きなものになっていた。彼のお陰で進路も定まったほどだ。
 彼は一体何だったんだろう。結局何も分からないままだ。幽霊の類いなのだろうけど……ならなんで霊感もない私に見えたのだろうか? そういえばあの時辺りを見回した時は誰もいなかったはずなのに、ルルが嗅ぎ付けて初めて彼の存在に気づいた。私が見落としていただけかもしれないけど、もしかするとルルが『かぎわける』で正体を明らかにしてくれたお陰なのかも。それじゃあルルがいればまた嗅ぎ付けてくれるだろうか。

 花火と共に薄れていった君の笑顔だけはいつまでも色褪せず私の脳裏に焼き付いている――あの言葉と共に。

『必ず会いに行くから。約束する』











 私はライブキャスターを手に近くのポケモンセンターに入る。ライブキャスターからはジムリーダー育成学校からの帰りであろう恵美子の声がする。
「でもまさか理恵が旅に出るなんて考えてなかったわ」
「そうだろうね、私も思ってもみなかったもの。けど……」
「会いたい人がいる、でしょ?」
「理恵ってば意外とロマンチストだったんだね!」
 そう冷やかすのはジョーイ姿の花怜だ。私は少しむっとして言い返す。
「花怜、あんたまだ仕事中でしょうに」
「今は休憩中ですぅ」
 花怜は都市部のポケモンセンターに勤め始めてからしたたかになった気がする。私は大袈裟にため息をついてみせる。そしてにやける花怜から恵美子の方に目を移す。
「私もう街に着いたけど、恵美子はあとどれくらいで来れそう?……て、随分後ろ騒がしいね」
「あぁ、なんかテレビの取材が来てるとかで……野次馬が入り口の所でたむろってて参っちゃう」
 後ろを振り返り、がやがやとうるさい野次馬を見て顔をしかめる恵美子とは裏腹に花怜が羨ましそうに顔を輝かせる。
「いいなぁ、取材現場が見れるなんて。あ! 恵美子テレビに映るチャンスかもよ?」
「花怜、早く仕事戻れば?」
「何よぉ、二人して酷くない? 今から二人きりで会うとかさ〜。私だって会いたいのに……」
 イラついた恵美子の冷たい一言に一気に塩らしくなる花怜が面白くて、私は笑いながら彼女に話しかける。
「今度会いに行くよ。ここから花怜が働いてる都市もそれほど遠くないし」
「本当? 約束よ、理恵!」
 萎れていた花が開くように彼女は笑う。相変わらず人を魅了するこの笑顔にはやっぱり敵わない。約束か――私はふと彼の事を思い出してしまう。あの約束はいつになったら果たされるのだろうか? そもそも果たされる時など――そこで恵美子のすまなそうな声がして我に返った。
「理恵、ちょっとこれは時間かかりそう」
「そっか、それじゃあポケセンで待ってる」
「そうしてもらえると助かるわ。ごめんね」
「ううん、いいよ。仕方ない事だし」
「私、そろそろ仕事戻らなきゃ。二人ともまたねー」
「うん、仕事頑張ってね、花怜。恵美子もまた後で」
 最後に恵美子の二度目の謝罪の言葉を聞いてから私はライブキャスターの電源を切った。
 四匹に増えた手持ちポケモンをジョーイさんに預け、大画面のモニターの置かれた待ち合い室の椅子に座る。何とはなしにモニターを見ると何やらドキュメント番組がやっているようで、今は再現VTRが流れている。内容はジムリーダーの父親の期待から逃げたいあまり薬物大量摂取による自殺未遂を起こし、一年もの間植物人間だった男の子が奇跡的に回復したというものだった。そのきっかけが幽体離脱して知り合った女の子に会いたいとかいうノンフィクションのドキュメンタリーにしてはなんともファンタジックな話だ。再現VTRが終わり、番組の司会とゲストが感想を言い合っている間に私のポケモンの回復が終わったと呼び出される。受け取って再び待ち合い室に戻ると場面は変わっていた。大きな建物の映る画面の右上には『ライブ中継』の文字が浮かんでいる。もしかして恵美子が言ってたやつかも、比較的新しそうな建物も学校っぽい。私は恵美子が映るかもしれないと少しわくわくしながら席に着いた。アナウンサーが話し始める。
「はい、私は今、ジムリーダー育成学校の前にいます」
 私の予想は的中したようで、それから主役の彼が今は父親の後を追って日々励んでいる事、そんな彼の希望でライブ中継で取材を行う事が説明される。よくそんなこと頼めたもんだな、と他人事ながらある意味尊敬する。一体どれ程自己アピールしたい奴なんだろう。私はその面を拝んでやろうと画面を見つめ――固まる。一瞬思考が停止する。
 そして次の瞬間には爆発する。え、あれ、うそ、なんで、なんでここで北川君が出てくんの? あんた死んでたんじゃなかったっけ? あぁ、そうか、幽体離脱って、じゃああのVTR全部あんたの事だったの? は、なにそれ。え? 何? 何がどうなってんの? 訳が分からなくて意味もなく体が震え出す。私の頭は何も整理できないまま、アナウンサーとあの時と比べると随分血色の良くなった北川君の会話を聞く。
「初めまして、ポケモンテレビ局の阿笠です。取材にご協力いただきありがとうございます」
「初めまして、北川幸人です。こちらこそよろしくお願いします」
「さて、早速取材させていただきますが……」
 アナウンサーの質問に一つ一つ丁寧に落ち着いて答える北川君はなんだかあの時よりずっと大人びて見えた。予め打ち合わせはしてるんだろうけど、それにしてもテレビを前にして緊張している様子はない。慣れているのだろうか? あぁ、そんなことより。やっと。やっと会えた。まさかこんな形で再会するとは思ってもみなかった。でも未だに信じられない。本当に彼はあの時の北川君なのだろうか? 本当に彼は今、あそこにいるのだろうか? これも幻だったりしないだろうか? 折角会えたのに彼は私に気づいていない。当たり前だ。あくまで今、私が見ているのは彼が映っている画面なのだから。私は、私はどうすればいい?
 さっきから学校での事やジムリーダーになる夢について質問をしていたアナウンサーが少し方向を変える。
「今回の取材に当たって、ライブ中継を希望したのには何か理由が?」
「はい、理恵ちゃ……じゃなくて、例の女の子に『僕は今、ここにいる』ということを伝えたかったんです」
「では彼女に今、何か言いたい事などありますか?」
「そうですね……僕はあの時の約束をちゃんと果たせたかな」
 そこまで聞いて、私はポケモンセンターを出た。タウンマップを乱暴に取り出しながら走り出す。向かう場所は決まっている。会いに行かなきゃ。彼に。その思いが私を走らせる。けどすぐその足も止まってしまう。道が分からない。ジムリーダー育成学校はこの街にあるのだから、すぐそこだというのに。どこ? あんな大きな建物なら見えてもいいはずなのに。私は無駄に回るくせにろくに働かない頭でタウンマップをなぞる。
 その時、腰に着けていたモンスターボールの一つが勝手に開く。中から出てきたのは、メガヘルガーになったルルだった。
「えっ」
 私は思わず声を上げる。今までメガ進化なんて成功したことなかったのに。なんでこのタイミングで? しかしルルは私のそんな疑問なんてどうでもいいとでも言うように背中を傾ける。……乗れ、という事だろうか? そうか、彼女ならきっと。
「ルル、ありがとう。お願い、彼の所まで『かぎわけ』て」
 ルルは私を背中に乗せると一声吠えて猛スピードで走り出した。それは目も開けていられない程に速い。私は降り下ろされないように必死に彼女の普段の倍は大きくなった角にしがみつく。そしてその温かい黒い毛皮に顔を埋めた。私のこんな自己満足でしかない願いの為にメガ進化してくれた彼女の忠誠心、いや、優しさが嬉しかった。
 『僕はあの時の約束をちゃんと果たせたかな』……彼の言葉を思い出す。たしかに彼は会いに来てくれた。けど、一方的にでも会えたらそれでいいとでも思っているのだろうか。
「……それは違うでしょ」
 私だって。私だって会いたいのだ。姿を見て、声を聞いて、触れて確かめたい。貴方という存在を。私を見てほしい。私と話してほしい。私に触れてほしい。
 ルルが足を止める。顔を上げるとそこはジムリーダー育成学校の前だった。入り口には恵美子が言っていた通り、人だかりができている。どうやって入ろう? 私が考えようとした時には既にルルが行動を取った。軽々と人垣を飛び越え、テレビカメラの前に降り立つ。
「なんだっ!? おい、ちょっと君!」
 後ろから咎める声を無視して私は床に降りる。なおも咎められるが、ルルの唸り声でそれらは粛清される。そんなことより私は目の前の彼から目が離せないでいた。本当に、そこにいた。あの時と違って色があり随分はっきりとして見える。北川君はとても驚いた顔をしていた。状況が掴めていないアナウンサーを無視して彼も立ち上がる。私達はあの時以来初めて向き合った。口を開いたのはほぼ同時。
「理恵ちゃん……?」
「……約束、忘れてないよ」
 はっとした顔で北川君は私を見つめる。そして、記憶と違わない柔らかい笑顔で答えた。でもそこに儚さはない。それが私を安心させた。
「良かった……俺、ちゃんと果たせたんだね」
「果たすって何よ、約束は守るもんでしょ……私に、会いに来てくれなきゃ約束になってないよ」
「……ごめん、自信なくて。君が約束を覚えてくれているか、自信がなくて、探しだしてもし会えたとしても、君が忘れてたら……そう思うと怖くて、直接会いに行くのは諦めてた」
 ライブ中継までして私に会おうとしてた奴が何言ってんだろうか。『生きて君に会いたい』って言ったのはそっちのくせに。こっちの気も知らないで。私は自分が否定された気がして少し尖った口調になる。
「生きて会いたいって言ったのはそっちでしょ。なのになんでそんな弱気になってんのよっ……忘れるわけない。忘れるわけないじゃない。私が今までどんな思いしてここまで来たか分かってんの?
 ……ずっと、会いたかったんだから」
 ずっと確かめたかった。私は彼の――あの時取れなかった――右手を取る。それを自分の頬に当てて、目を閉じてその温もりを感じる。
「良かった……ちゃんと触れる」
 私の行動に北川君は暫くきょとんとしていたが、やがてくすっと笑うと両手で私の顔を挟んで私と顔を見合わす。
「当たり前だよ、だって俺は今、ここにいるんだから」
 そう言って笑った顔を私はずっと忘れないだろう。だから私も彼に刻み付けるように精一杯笑った。


 花火も人も時間の違いはあれど、すべてはいずれ薄れて消えてしまう。だけど――薄れないものもあるはずだ。たとえば『想い』だとか。私はそれを信じたい。だから、どうか、貴方も忘れないで。

 私がこんなにも貴方を想っている事を。

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2014.9.27  11:58:34    公開


■  コメント (6)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

>>せせらぎ様
まさかこちらまで読んでいただけたとは!しかもコメントまでありがとうございます!感謝感激雨あられです!!
昔の作品なのでいろいろ懐かしいなと思いながらお返事を書いております。
ポケモンの選択には結構悩んだ記憶があります。とにかくゴーストタイプにノーマル技が当てられるようになる技が使いたかったのです(笑)ヨルノズクで飛んでいくっていう展開も考えてたんですが、番犬ヘルガーをお散歩させたら可愛いかなーと。あと最後にメガヘルガー走らせたかった(笑)
話の構成がとても良いだなんて!お褒めの言葉ありがとうございます!記念すべき一番、気合い入れて書いた甲斐がありました。
幽霊ぽく見えても普通に話せたら意外と気づかないんじゃないかな〜と思い、普通に接しています。なんなら思春期の異性を意識してます。だってあんなロマンチックな事言うんですもん(笑)
最後無理矢理急展開な感じもしますが、終わりが美しいと言って頂けて嬉しいです!褒めてもらってばかりで照れますね…
コメントありがとうございました!
せせらぎ様も良かったら百恋一首、ご参加下さいね!

21.4.5  14:23  -  絢音  (absoul)

絢音様こんにちは!m(*_ _)m
 ヘルガーが番犬のポジションなのは笑ってしまいました…w "いい犬ですね(?)"という夕暮本舗様のコメントもおかしかったです(笑)
 "かぎわける"で幽霊(実は生霊)が見えるようになる,という設定、そしてそれがまた終盤で活躍するという話の構成がとても良くできているなぁと思いました。
 理恵が話の中盤で突然出てきた幽霊とだんだん仲良くなっていったのには驚愕しました…!! しかもなかなか気づかない(笑) ルルが警戒していることから実は悪い幽霊なのではないか…!?と緊張しましたが、いい人で良かったです^^;
 「いや……どうせなるなら月がいいなと思って」「だって君が好きだって言うから」という彼のセリフには惚れ惚れしてしまいました。ロマンチックですねぇ…
 そして終盤のドキュメント番組。明らかになった幽霊くんの正体にじんとしました。体温を感じるシーンも良かったです。
 軽々と人垣を飛び越えるルルすごい!!
 花火は人生の儚さを表していたんですね。終わり方も美しかったです!^ω^
ではでは。
コメント失礼しましたm(*_ _)m

21.4.3  17:27  -  せせらぎ  (seseragi)

》夕ちゃん
コメントありがとう!
いやぁ、こういう人間主体の日常的なのってあまり書かないから、ポケモンの選択には悩んだね。でも幽霊に触れる=みやぶるまたはかぎわけるが使える子…と思って探した結果、ヘルガーになりました。ヨルノズクとかグラエナでもいいかなって考えてたけど、ラストを考えた時にメガヘルガーだと助かるということもあったけど(笑)ルルちゃんは結構気に入ってます。悪タイプだけど主人には忠実かつ母性に溢れたいい子なんです←
短編小説ってあまり書いたことなかったから、そう言ってもらえて安心しました。説明不足とか急展開になりがちってのもあるけど、キャラに一貫性が無くなっちゃうのもやっちゃうなぁ…。
本当は幽霊に恋しちゃって想い続ける女の子の話にしようと思ってたんだけど、それじゃなんか悲しすぎて結局ハッピーエンドにしちゃった\(^o^)/(バッドエンド書けない奴だコイツ…)
理恵がああせざるをえなくなったのはルル姐さんのせいだと思っている(笑)まあ、理恵も理恵で必死だったんだな(笑)
ぜひぜひ投稿しちゃって下さいな!!いつまでもお待ちしてますよ←なにコイツ怖い
メールもどんと来い!…と思ったらいつの間にそんな溜まってたんですね、すみません、すぐ片付けますので、再度送ってもらえますか?面倒かけてごめんよ(ノ_・,)
メールお待ちしております♪言い訳ばっかしてたら長文になっちゃった(汗)ごめんよ…それじゃあこの辺で失礼しますね。

14.9.28  08:31  -  絢音  (absoul)

あ、そうそう、小説の件で相談があるからポケメール送っていいかなヽ(・∀・)ノ
というか今送ろうとしたらメールいっぱいで送れませんって出ちゃったwww

14.9.28  03:54  -  夕暮本舗  (LoL417)

番犬ヘルガーのルルちゃんwwwそっか、ヘルガーが番犬になるとはポケモンの世界らしくてなんだかほっこり。そしてルルちゃんの名犬っぷり。いい犬ですね(?)。
短編って難しいよね。だけれどこれはひと夏の恋というより、一夜の、ほんの一瞬の恋を、そのときのときめきだけを信じ続ける二人の関係を綺麗に描けてていいなあ。
北川くんはもしかして幽霊?生まれ変わったら会おうってこと?そしたらすごい年の差だなあとかおせっかいなこと考えていたけれど、生霊だったようでよかった。
カメラの前で結ばれちゃうなんて、恋愛に遠ざかってた理恵とは思えない大胆さだな、と思いつつ。執筆お疲れ様でした。
わたしも投稿してみようかな。

14.9.28  03:41  -  夕暮本舗  (LoL417)

はい、こんにちは! 立案者の絢音です。
記念すべき第一話を私が取ってしまって良かったのだろうかと思いつつ、どんなものか例として投稿しました。
いや、しかし、短編小説とは思っていた以上に難しいですね。短いなりに伝えたい事を詰め込むと長くなりすぎてしまいました。
さて、話の内容については目次に書いておくとして、書かせて頂いたあとがき的な感想としましては…なんというか、いろいろと急展開ですみません。あとポケモン要素少ないですね…。精進します。
これからも書いていこうと思いますのでよろしくお願いします。感想やアドバイス等もお待ちしておりますので!
それでは失礼しました。

14.9.27  12:06  -  絢音  (absoul)

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