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アクロアイトの鳥籠

著編者 : 森羅

1‐4.『普通』な異常と『異常』な普通

著 : 森羅

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 はあ、と僕は溜息を吐き捨てた。肺の中が空っぽになったような感覚が僕を襲う。

《乗り気じゃにゃさそうにゃのよ》
「乗り気なのはルノアだけだよ。……そう言えばアシェル、君、付いてきたの?」

 あれ、このエネコいつから僕の肩の上にいたんだろう。全く覚えていない僕はアシェルと視線を合わせて首を傾げる。だけれどアシェルは盛大にため息をついた。

《にゃ? ……あにゃたってひどいとあたし、思うのよ。あにゃたが自分であたしを乗せたのよ。……覚えてにゃいのよ? 色ボケも大概にした方がいいと思うのよ》

 ひどい言われようだ。尤もどうにも外れている気がしないので反論はできないけれど。

「うーん、僕自身も不思議に思うんだけどね。でもなんか抗えないというか、そうさせてくれないというか……」
《そういうのを色ボケって言うと思うのよ》

 さっさと打たれる釘。

「……アシェル、君ってルノアに良く似てるね?」
《そうかしら、にゃのよ》

 細い目が面白がるように笑う。それは鼠を見付けた猫のような、新しい玩具を見付けたような、そんな顔。鼠で玩具な僕はさっとアシェルから目を逸らした。僕が今、相手しなきゃならないのはアシェルじゃない。溜息とは少し違う息を長く吐き出して、僕は今いる場所を見やる。永遠と敷かれた真紅の絨毯に、僕の背後には三階へと延びる階段。領主の部屋に続く道はこのたった一本だけ。

《ルノアって子、ものすごいと思ったのよ。いつの間にこの屋敷の構造にゃんて頭に入れたのよ?》
「さあ。……ああでも、ルノアだから何を知っていても僕は別に驚かないよ。多分、蔵書を漁ってた時じゃないかなとは思うけど」
《褒めてるのか貶してるのかはっきりしにゃさいって思ったのよ》

 そう言うアシェルに僕は笑って、左右ずっと続いている廊下を見る。うん、そろそろかな。少し笑っていたらしい自分に、アシェルが呆れたような声で尋ねてきた。

《で、あにゃたはここで何(にゃに)をするのよ?》
「僕?足止め、だってさ」
《あにゃた一人でするのって思ったのよ》

 うん、と頷く僕にアシェルは僕を品定めするような目をする。それから首を横に振った。どうやら彼女のお眼鏡には適わなかったらしい。そういう僕自身それほど足止めに自信はない。せいぜい“なんとかなるだろう”程度。まあ、なんとかなればいいや。ところで、と僕は気になったことをアシェルに尋ねる。

「アシェル、君はこの家の獣だろう? 僕と一緒にいていいのかい?」
《いいのよ。だって、あたし、別にこの家の猫ってわけじゃにゃいのよ。居心地が良かったからにゃんとにゃく居ただけにゃのよ》
「そうなんだ。っと、そろそろ来たかな?」

 ルノアがここを登って行って少し経った。そろそろ領主と出会えている頃だろう。つまりそろそろ異変を感じた私兵(と言うのは少し言い過ぎな気もするけれど)がやってきてもおかしくないと言うこと。案の定、少し遠くから足音がこちらにやってくる。だんだん大きくなっていく音に耳を傾けながら僕は階段の前で待っていた。十数人の屈強な男たちに囲まれて僕はへらりと笑う。

「すみません、僕、誰も通すなって言われてるんですよ」

   *

「三時間程振りですわ、領主様」
「何をしに……?」

 当惑。困惑。焦り。
 領主の顔に浮かぶ表情にわたしは笑う。くすくすと、楽しげに。

「勿論、用があったからですわ。……ねえ、わたし、欲しいものがあるの。お願いしたら下さるかしら?」

 とても綺麗なお屋敷。領主の部屋はただただ広くて、豪奢な執務机は書類に埋もれてはいたけれど漆を塗られて光沢を放っていた。わたしは領主に一歩ずつ踏み寄りながら小首をかしげて見せる。だけれども領主もその分後ろへと後退してしまっていた。……あらあら、わたし、そんなに怖いかしら?

「貴様、誰だ?何が欲しい、いや何の目的があって……」

 あらあら、わたしはまだ何も言っていないのに。この領主はよっぽどやましいことがあるんでしょうね。わたしはただ、笑っているだけなのに。そんな冷や汗をかく必要がどこにあるのかしら?
 わたしはそんな領主に首を振った。

「いいえ、領主様。わたし、そんな大それたものが欲しいわけじゃないのですけれど。ただ、頂きたいのはあなたが持っていらっしゃる、職人たちの借用書ですわ」
「なっ……」

 領主の狼狽えぶりにわたしは確信を持った。笑う。ただ笑う。この可哀想なくらい視線を彷徨わせる領主に向かって。紅い色をした柔らかな絨毯が声も音も全て吸い取って消していく。

「大切なものは手元で保管するのが一番安心できるもの。あなた、持っているでしょう? 実は、昨日とても面白い話を街の方達から聞いたのよ。この街が急激に産業革命の恩恵を受けて発展し、その代わりに大量の失業者を吐き出したって。職を追われた彼らは店や家さえも奪われて、街からさえ追い出されてしまったって。ええそうね。こんな“綺麗なだけの街”なんてあり得るはずがないもの」

 その話を聞いていたせいで、約束の時間に遅れてしまったのだけれど。下の階段の所できっと待ちぼうけを食らっているであろう、可愛い彼のことを思い出しながらわたしはくすりと思い出し笑いを漏らした。彼、頑張ってくれているのかしら?それとも文句でも言いながら遊んでいるのかしら?

「わたしにでもわかるわ。大きな変革が起こって、それが徐々に世界を飲みこもうとしているのに。それの負の余波を全く受けずに順応できるはずなんてないでしょう? わたしが正しい光景に戻してあげるわ。ええ、ただの善人気取りなの。楽しいでしょう? だから、ねえ、その借用書、わたしに下さらない?」

 とても甘い声だと、彼がそう評した声でわたしは領主にねだった。一歩、また一歩領主に近づく。領主のその手に触れようと手を伸ばす。尤もそれは近づくことなく、届くことなく、避けられてしまうけれど。ああ、どうして逃げてしまうのかしら?わたしの欲しいものみたい。いいえ、今私が欲しいものは領主が持っているのだから彼が逃げていくのは当然なのかしら。

「……すぐに、護衛が来るぞ……」
「そうなの? それは困ったわ」

 精一杯の強がりをわたしは笑ってあげた。引き攣った顔を嗤ってあげた。肩と首に掛かった髪を後ろへと流す。余裕綽々のわたしに領主がわななき声で繰り返した。

「すぐに……」
「ええ、でも大丈夫。彼を置いてきたもの」
「彼?」

 上ずった声で怪訝な顔をする領主にわたしは笑う。スカートの部分がわたしのステップと一緒に踊る。結った髪の毛一房ずつの三つ編みと一緒に踊る。わかっているわ。これは『自慢』なの。声を弾ませながらわたしは言った。

「ええ。あなたと会った時にいたでしょう? チャコールの髪色をした、わたしの『従者』よ。いいえ、従者と言うのはおかしいのかしら? ラウが聞いたら拗ねてしまうわ。……そうね、言うなら彼はわたしの旅の同伴者。『普通』のフリをした『異端者』。護衛がどれほど屈強でも関係ないわ。だから、ほら。わたしたちはわたしたちのお話を続けましょう?」

 当惑しきったその表情が面白くて仕方がない。だから、つい。笑ってしまう。楽しくて、ただ楽しくて。

「それとももう少し、わたしに彼の自慢話でもさせてくださるのかしら?」

   *

《危にゃいのよっ!?》

 ぐっ、と一人が踏み込む。続くようにして、残りの人たちも僕との距離を縮める。アシェルが肩の上で警告を発する。そして僕はそれらの現象をのほほんと受け止めた。あ、うん。そうだね。“飴色の翼”がかすかに羽ばたく。すぱり、と空気が切れる音がして、次の瞬間には一歩踏み出した彼のつま先から三ミリ先、その場所で赤いじゅうたんが裂けた。全ての足が当然のようにその場で止まる。沈黙を破るのは僕の声。きっと多分、ものすごく場違いに、のほほんと。

「通せないって言ってるじゃないですか。足、大丈夫ですよね? 一応、殺しちゃ駄目だって言われてるんです。真っ二つの方が簡単だと思うんですけど、でも彼女に怒られてしまうので」
「何、を……」

 鎌鼬に切り裂かれたような絨毯と僕を足の指を失い損ねた彼が交互に見る。紛れもない恐怖がその目に見える。ざわつき始め、慄く兵たち。……彼は今、死ぬって思ったから怖い? じゃあ、どうして彼らもそんなに怯えているんだろう? ……自分達も同じ目に合うと思っているから、かな。僕は少しだけ首を傾げた。

《あにゃた、何(にゃに)を……?》
「うん? 君たちと同じ。君たちがするように、僕もちょっと切っただけだよ。これ、本物だから」

 かすかに震えた声のアシェルに僕はアシェルに向き直ってその“腕から生えたピジョットの翼”をぱたぱたとやって見せた。大きな翼だからこの場所は羽ばたくには狭い。本物の獣の翼。一体どうしてこんなものを僕が出せるのか、それは“僕も知らない”。僕はアシェル向かってへらっと笑い、それから恐怖という病が蔓延し始めた私兵たちに目を向ける。その翼を威嚇するように広げて。

「止まって貰えるとありがたいです」

 “広げた翼”に私兵たちの動きが石像の如く止まった。どこか恐怖を内包した視線が僕を襲う。うん、やっぱり『これ』は『怖いもの』らしい。一人納得しながら僕は左腕を軽く持ち上げる。ちょうど肘から十センチほど掌側に下った部分、“そこに生えた一対の巨大な翼”がばたばたと羽ばたいた。身の丈ほどの柔らかな温かみのある黄土色は光に照らせば金にも見えるだろう。羽ばたきが埃を舞い上げる。僕らを囲む私兵たちが風に顔を覆った。

《あにゃた、それ……!》
「アシェルもこんなの見るのって初めて? ああ、それから落ちないように気を付けてね」

 息をのむアシェルに僕は言う。細い目と尻尾がぴんと張っていた。その感情は多分、驚きと困惑。うん、多分それが『普通』の反応なんだろう。羽ばたくのをやめた翼端が絨毯の上でしなっていた。小さな小さな悲鳴が化け物と、怯えたようにそう呟く。……ああ、ひどいなあ。僕は別にまだ何もしてはいないのに。けれどもやはりそれも。

「そうだよね、それがやっぱり『普通』の反応なんだろうね」
《にゃ? あにゃた、何(にゃに)を言ってるのよ?》

 僕の呟きを耳ざとく拾ったアシェルが肩の上で短い脚をじたじたと暴れさせる。大して痛くはないけれど転げ落ちていきそうで気が気じゃない。ははは、と僕は愛想笑いでアシェルに答えた。私兵の皆さんも遠巻きに僕のことを見ている。

「うん? そのままの意味だよ。普通こんな翼が生える人間なんていないだろうし、それを見た人間は驚くんだね、ってこと。そうだよね?」
《そうだと思うのよ。でもあにゃたの言い方、どうもひっかかるのよ》

 アシェルの細目が僕を睨む。言い方が引っかかる理由は最初思いつかなかったけれどすぐに心当たりが出てきた。ところでアシェル。ねえ、君も僕が怖い?

「何が目的だ」

 僕がアシェルの違和感に答えようと口を開きかけた瞬間、野太い声が響いた。驚く僕がそちらに視線を向けると声の主が兵たちをかき分けて歩いてくる。皆が一様に同じ制服を着こむ中、その人の意匠は少し違う。きっと、偉い人なんだろう。例えば隊長とか、指揮官とか。野太い声が威厳を持って繰り返す。色の抜けたような金髪(ブロンド)が肩に掛かっていた。

「何が目的だ? 神か悪魔か知らないが、獣の翼をもつ異形の子供よ」
「……彼女の目的なら僕は知らないです。僕の目的はこの階段に誰も通さないこと」

 本当のことを実にあっさりと言っただけなのだけれど、彼はどうやらそれで満足してくれないらしい。少し面食らった後、苛立ちを隠すことなく僕に向かって声を発した。

「ふざけているのか?」
「そんなつもりはないですが……。本当に彼女が何をしたいのかは知らないんですよ。欲しい景色があるそうだけれど、彼女は僕にいつも重要なことを教えてくれないからここに何しに来たのかは知らないです。僕はただ、邪魔者を上にあげないでって言われただけだから。だから上に上がらないっていうなら、ルノアの邪魔をしないっていうなら僕は他に何の目的もない」

 あっさりきっぱり僕はそう言って笑う。嘘をついているつもりなんて全くないし、本当にそれだけ。ルノアはいつも肝心なことは何も言わず行動を起こす。ルノア一人がそれで行動するなら良いのだけど、それに僕を巻き込むのは本当に勘弁して欲しい。多分、言っても無駄なんだろうけれど。そして、やっぱりそれに面食らうのは私兵の皆さん。嘘はついていないし、僕は別に何をするつもりでもないんだけど、何が納得できないんだろう? 僕ってそんなに雲散臭いかなあ。

「だが、君が言っているのはあの女の子だろう? 君はあれの従者ではないのか?」
「従者?」

 上半身ごと首を傾げる。けれど、にゃっというアシェルの声に気づいてすぐに体勢を戻した。ずり落ちそうになったアシェルが僕の服に爪を立てる。……い、痛い。ちょっぴり涙目になってしまう。

「従者じゃないと思うんだけど……多分。あ、でも扱いは当たってるかもしれないですね。敬語も僕、じゃんけん五回勝負に負けたんですよ。でもまあ、彼女に勝つことなんて無理だから、仕方ないと言うかかなり理不尽な賭けだったんですけど。だから僕としてはせめて『同伴者』くらいの扱いでいて欲しいなあ」
《どういう意味にゃのよ? 思う、って言い方はおかしいと思うのよ》

 肩の上でルノアが声を上げる。それに頷く幾人かの私兵。じゃんけん、という微かな反復はとりあえず別としても、やっぱり疑問符が飛び交っている。……ああそうだった。一番肝心なことを言ってないじゃないか。アシェルにさっき言いかけた言葉を僕はアシェルに向かって笑って見せた。

「ルノアとは言う程長い付き合いじゃないんだよ。せいぜい二週間くらいかな。僕はね、俗にいう記憶喪失ってやつなんだ。僕が覚えていることというか思い出というか、そんなのは時間にして一か月くらいのものなんだよ」

 そう、僕は自分の利き手さえ覚えていない。気が付いたらとある森の中でぼーとしててそれまで何をしていたのかどこに住んでいたのかどんな言葉を話していたのか全く分からなくて。頭の中が空っぽで本当に何もわからなかった。
 変なことを言ったつもりは全くないのだけれど、僕の言葉に私兵たちは息を飲む。僕はその視線を不思議に思いつつも、アシェルのために続けて言った。いやまあ、時間稼ぎと足止めができるならそれでいいやと思っているのもあるけれど。山吹色の羽根が一枚、床に落ちて融けた。

「僕の名前、アシェルに言ったっけ? ルノアはラウって呼ぶけど、一応ラウファなんだ。本当かどうか僕の記憶がはっきりしないけれど、覚えてる名前はそれだけだったから多分そうなんじゃないかなって思う。でも“あまりにも暗示的”だと思わない? 風の神様の名前だなんて」

 巨大な翼が、小さな風を巻き起こす。
 ルノアに出会った時、答えた名前にルノアは笑ったのだ。とても澄んだ声で笑ったのだ。ラウファカナアという風の神が由来かと。そう、“あまりにも暗示的”で“あまりにも示唆的”。本当なのか、と不安になるほどに。

「だからね、僕、色んなことがわからないんだ」

 そう、“わからない”。“わからないことがわからない”。にこりと笑って見せる僕にアシェルも私兵の彼らもその身を引いた。……あれ、僕変なこと言った? こういう雰囲気も僕には良くわからないんだけれど。当惑気味な僕に隊長らしき彼が自分たちの仕事を思い出すように口を開いた。

「ふむ。だがしかし、領主様に何かあってからでは遅い。我々の仕事は護衛なのだ。だから、君が邪魔をすると言うのなら、我々も君の邪魔をせざるを得ない」
「でも、僕も通せないんですよ」

 へらり、と笑って見せる。畳み掛けの状態で止まっていた翼が少し広げられた。前に進みかけた彼が止まり、その後ろに控える私兵たちが身を捩じらせる。僕としては動かないでいてくれるのが一番嬉しい。うーん、と少し唸ってから僕は話を続けることにした。それが一番平和的に彼らを止められそうだと思ったから。

「立ち往生のついでにちょっと尋ねても良いですか。さっきから、貴方たちはどうして怯えてるんですか? なぜ恐ろしいと思うんですか? 僕は何もしてないですよね」
「……は……?」
「やっぱり変なこと聞いてますか? やっぱり僕っておかしいのかなあ。僕ね、記憶がないからなのかちょっとわからないんですけど、わからないんです。わからないことが多いって言ったと思うんですけど、特に他人の感情が、いや“その人がなぜその感情を感じるのか”が時々わからなくて。僕は別に貴方たちを傷つけるつもりはないって言いましたよね。彼女に怒られてしまうからって。なのにどうして驚くんですか、怯えるんですか。やっぱり翼が生える人間なんて珍しいから?」

 畳み掛けるような僕の言葉に答える声はない。ただただおぞましいものを見るような目で僕を見、当惑した目で僕を見、得体のしれないものを見る目で僕を見る。ああ、この反応がやっぱり『普通』なんだろう。そうなんだろう? ねえ。
 きしりと肺のあたりが痛むのを感じながら、僕は補足を加える。ちょっと言い方が悪かった。

「いえ、あの、勿論わかるんですよ? 僕にも感情があるし、あなたの感情も分かるんです。貴方たちは今すごく驚いてるし恐怖してる。得体のしれないものを見る目をしてる。それはわかるんです。そして、多分それは僕の翼に対してそう感じてる。……当たってますか? 一応、大概“なぜ”は状況から理解できるし、学習できるし、してるんですよ。でも、時々僕には“なぜその感情が起こったのか”、わからない時があるんだ」

 傷つけないと言って、それを知っているはずなのにどうして彼らは怯えるのだろう。未知のものを見た時人間は大抵怯えたり驚いたりするものよ、と言ったルノアの言葉が頭の中に響く。けれど、だとしたらルノア。どうして君は笑ったの? ねえ、僕にはわからないよ。それともやっぱり君が『異常』なだけなのかなあ。僕は肩の上の子猫に尋ねる。

「ねえアシェル。君も僕が恐ろしいと思った?思う?」
《……んんー、とりあえずあにゃたの思考回路は特殊だと思ったのよ。最初は確かに怖いとも思ったのよ。でもあにゃた、思った以上に抜けてるから今は言う程にゃのよ。でもあにゃたは主に言い方で、無意識に人を追い込むタイプにゃんじゃにゃいって思うのよ》
「え? 追い込んでる?」
《畳み掛けるようにゃ言い方は相手を追い込むのよ。覚えておいた方が良いと思うのよ》

 すまし顔で言うアシェルの言葉を僕は傾聴する。そうか。それは申し訳なかった。久しぶりにルノア以外の人と話をしたものだから、ちょっと歯止めがきかない状態だったのかもしれない。だって、ルノアで物事の基準を作ろうとするのは無理があると最近気づき始めたし。

「ごめん。ただ、付き合ってるのがルノアだから、僕が“わからない”理由は彼女が特殊っていう原因なのかもしれないけれど。彼女は僕から見ても特殊だと思うから。『普通』の女の子の姿形のくせに全く『普通』じゃない。んー、そうか。僕が一番わからないのは彼女なのかもしれない」
《あにゃたも十分『異常』だと思うのよ》
「そう?」

 僕は自分では、結構『普通』な方だと思うんだけれど。アシェルに向かって苦笑する僕は完全に私兵の皆さんをそっちのけで話していた。茫然とそれらを聞いてくれていた彼らが少しざわついて、身を固める。手に持った警棒やら、剣やらを握り込む微かな音が僕の耳に届いていた。……止まってくれる方が、助かるのに。目の端に彼らを映しながら僕はそのことに気づいているのかいないのかわからないアシェルの続きの言葉を聞く。彼女は呆れたようにため息交じりに言葉を続けた。

《何(にゃに)をどうしたら二週間ほどしか知らにゃい子の言うことを聞くのよ?》
「そうだよね。うん、僕も不思議。何か薬でも盛られたんじゃないかって不安になるよ。でもね」

 彼女の質問は尤もだ。僕だって未だどうして、と思ってしまう。だって、何も知らない覚えてないって気づいて、どうしようかなってぼーとしてて、そうしたら突然現れて、僕に付き合えって有無を言わさなかった。そんな彼女を簡単に信用するのはどう考えてもおかしい。そう、多分、僕以外の人がどう考えても同じ答えを言うだろう。
 ルノアって名前が本名なのかも僕は知らない。彼女がどこから来て、何を目的にしているのかもまともに知らない。いつも綺麗に笑っていて、とても甘い声をしていて、なぜ笑うのかわからないことでも笑う彼女。僕を面倒なことに巻き込むし、天真爛漫だし、自分勝手だし。でも、僕は彼女を信用してしまった。雛鳥が初めて見たものを親鳥と認識する如く。

「だって、ルノアは」

 ああ、照れるのがわかる。僕は多分、ものすごく照れている。でも、だって。彼女は、違ったんだ。僕が森を徘徊している間に出会ったいくらかの人は、大概彼らと同じ反応をした。驚いて、怯えて、逃げた。鳥の翼を見て化け物だと叫んだ。だからそれが『普通』なんだろうなって思ったのに。

「僕を見て、『きれい』って言ってくれたんだよ」

 ルノアほどじゃないけれど綺麗に笑って見せる僕に、私兵たちの靴が一様に絨毯を踏みしめた。

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2012.12.29  03:05:37    公開
2013.8.22  19:41:20    修正


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