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アクロアイトの鳥籠

著編者 : 森羅

8-4.嘘吐きな世界でほんとうのこと

著 : 森羅

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sideエルグ

 じたじたと暴れる黄色い鼠をエルグは当然のように手で触れることなく向こう側へと投げ返す。目玉を落としそうなほど見開く彼らの一人がそれを受け止め、こちらを睨む。
 エルグのクロバットは超能力を使わない。それならば。それがどういうことを意味するのか、わからない彼らではなかった。

「……エルグ、お前……」
「嫌ですね、そんな目で見ないでくださいよ。安心してください、少なくとも十数年前の貴方方の目が節穴だったわけじゃないですから」

 くるり、とその場で一回転してみせるエルグの身体に変化はない。どこもおかしいところはないでしょう、と微笑んで見せるエルグに次の言葉はなかった。

「お察しの通りですよ。お察しの通りです。『砂漠(エルグ)』じゃなくて残念だったかもしれませんが。生まれつきじゃありません。ラウファが俺を生き返らせてからですよ」

 昔々のお話です。昔々、働き者で仲の良かった夫婦がいました。夫婦は子供にこそ恵まれなかったものの、信心深く、とても働きものでした。けれどある日、妻が死んでしまいます。夫は妻の死を悲しみ、三日三晩の間泣き続けました。そして四日目の朝、ずっと夫の嘆きの声を聴いていた、彼らの信じる神様は働き者で信心深かった彼らのために妻を蘇らせてくれました。夫はとても喜び、また妻も夫との再会に喜びました。そして、夫婦はそれからも仲良く暮らしたのでした。――めでたし、めでたし。
 そんな都合の良い話はきっとおとぎ話の中だけだ。
 ルノアはきっと気づいただろう。けれど彼女の前で『代償』と言ったエルグ自身は、この異形の技を『代償』だとは思っていない。こんなもので雪げるほど安い罪ではないと、そう信じているから。
 獣に落ちる呪い? それが一体どうしたというのだ。

「何の話からでしたっけ。ああ、そうそう。まだ何も話せてなかったですね。……聞いていただけますね?」

sideルノア

「わ、……わたし」

 目が開かれるのがわかる。手先が冷えていくのがわかる。周りのことなんて考える余裕もなくて、ただ逃げ出したくなる。零れ落ちてしまった言葉は、もうわたしの喉の奥には戻ってきてはくれない。枝の覆う街道で、重たい足を必死に動かしていたことを思い出した。“足が重たい理由なんて、知らない。知ってはいけない”。
 『わたし』はそれを知ってはいけないの。

「わた、し……『わたし』は、あなたの幸せを願っているはずなの」

 ゆっくりと自分に言い聞かせる。子爵にも答えたはずだ。エルグにも答えたはずだ。“ラウファをどうともしない”と。“それがラウの幸せなら、わたしはそれで構わない”と。だから、王都でラウの手を離したでしょう? よかったわね、って笑って見送ったでしょう?
 それは“正しい”答えのはずだもの。“お嬢様はそう答えるはずだもの”。だから、わたしは瑠璃に、玻璃に。“もう少しだけ”と言い訳を続けていたのに。ラウの表情が目に入らない。知ってはいけない。その感情は、自覚してはいけないの。だって、その感情を自覚してしまえば。

「本当よ、本当。だから、わたし、探し人の張り紙を見たときだって本当に行かなきゃと思ったの」

 けれどラウがその村の人間ではないとわかって、“安堵した”。たまらなく“嬉しかった”。そんなこと『わたし』にとって“おかしい”はずなのに。

「だから、……だから」

 撤回しなければならない。さっきの台詞はとっさに出てきてしまった冗談だと。そう言って、ラウをからかって。それで、それで。また、『嘘』、だと。

「だから……、」

 ――いやね。君は、これからも“セレス・フェデレの道化をし(ラウファに嘘を吐き)続ける”のかなって。
 その答えはもう出ている。ラウがわたしを見てくれたから。『かくれんぼ』でも微睡むような笑みが『わたし』を見つけてくれた。“ルノアに会いたかったから”とはにかむラウが偽物でしかない『わたし』に会いに来てくれた。たまらなく嬉しかった。ちゃんと“演じられている”と心から安堵した。“だから、嘘を重ねた”。信じてくれるラウを失望させたくなかったから。“それをわたしが恐れていたから”。
 そして、だからわたしはこうやって一つ一つ、嘘を暴いている。『わたし』を信じてくれるラウに対してのせめてもの誠意として。けれど。けれどけれど。
 “それに気づいてはいけない”と警告する声が響く。それと同時に誰かが泥水を漁るようにぐしゃぐしゃの頭の中を探す。どうして、どうして? それが答えでしょう? それ以上はないはずでしょう? それ以上はあってはいけない、あってはいけないの。
 どうして、ラウに嘘を吐いたの。……ラウに気づかれたくなかったから、失望されたくなかったから。わたしが安心したかったから。だから嘘を重ねたの。“それだけが答えでなければならない”の。
 なら、どうしてラウに気づかれたくなかったの。失望されたくなかったの。わたしはどうしてそれを恐れていたの。どうしてどうして、どうして。

「わたし……」

 こくり、とからからに乾いた喉を鳴らす。見上げるアシェルと目が合う。
 ――ラウ、あのね。
 子爵の別荘で。何か彼に言わないといけないとそう思った。
 ――お願いよ、お願い。お願いだから。
 それはいつもどこかで迷子になって。どこかで欠落して、落としてしまって。思考に靄をかけて、気づかないふりをして。自覚してはいけないと、蓋をした言葉のはずだった。

 ――――。

 頭が、ずきりと、痛んだ。声にならない何かが口から吐息と吐き出される。
 ずっと飲み込んでいた言葉。聞かないふりをして、知らないふりをして、気づかないふりをしていた言葉。言いたくて、言わなければ伝わらないと知っていて、けれどいつも見失っていた言葉。“その感情を自覚してしまえば、きっと、『わたし』が足元から崩れてしまう”と。そうわかっていたから無意識に飲み込み続けていた言葉。
 だって、『わたし』は『セレス(おじょうさま)』なのだから。それはわたしが決めた『規則(ルール)』。それを破れば、その言葉を口に出してしまえば。
 わたしはきっと『ルノア』を裏切ってしまう。だって、“お嬢様はそんなことは言わなかった”のだから。“そんな『セレス』をわたしは知らないのだから”。
 わたしに独占欲を振りかざす権利があるのかわからないの。わからないわ。だって、そんなことなかったんだもの。『わたし』、そんなこと“知らない”のだもの。

「わたし、……ラウ、わたし」

 “この手を握っていて。どうか、どうか離さないで”。

「本当よ、本当。本当に、わたし、あなたの幸せを願っているわ。だから、探し人の張り紙も、本当に行かなきゃと思ったわ。だってラウはなくしてしまったものだと簡単に言うけれど、それは大切なもののはずだもの。だから王都でわたしはお別れを言ったわ。それが正しいことだと思ったもの」

 怒ってもいい、罵ってもいい、忌避してもいい。その権利が彼にはある。そのはずなのに、左手は愚直に約束を守ってくれている。
 きっと、今、わたしはとてもみっともないに違いない。手指の先の感覚はなく、震えている。けれど、その言葉を自覚してしまった。拾い上げた理由の、その中身を知ってしまった。その言葉の意味に気づいてしまった。なら、わたしは。『セレス』は。『わたし』は。

「でもね、ラウ。あのね。あのね、あのね……! でもそうなの、わたし、あなたに傍にいてほしかったの。あなたを手放したくなかったの。ええ、わかっているわ。これはわたしの身勝手なの。身勝手な、理由にあなたを巻き込んでいるだけなの。ごめんなさい。わたし、本当は尋ね人があなたに似ているって言われたとき、怖かったのよ。そんなところに行きたくなかったわ。王都であなたを知っている人が見つかった時、何も考えられらなかったの。馬鹿でしょう? あなたに、“わたしに会いたかった”って言われて、わたし。わたし、本当に、嬉しかったの」

 『台本』にない言葉を、続ける。それは張り付いた『お嬢様(セレス)』ではなく、『嘘吐き(わたし)』の『嘘(ほんとう)』で。わたしの言葉で、ルノアのことばで。
 ……ゆるゆると。口元が緩むのがわかる。ラウの、それにつられるように。

「そっか。それなら、よかった」

 何の迷いも、嘘もなく。安堵と共に滑り落ちる声。やわらかい熱が右手に伝わって、指先を溶かす。
 わたしはあなたを謀ったのに。わたしがあなたを騙したのに。
 あなたのそれはただの刷り込みかもしれないのに。
 そう叫びかけたわたしに、ラウが先に言葉を落とす。

「ならルノアが嘘吐きだなんて、どうでもいいよ」

side玻璃(ラプラス)

 壊れた生き物を見ました。
 泣いて、泣いて、壊れていって。中身を壊して、仮面を被って。全く違うものを鎧に纏って。
 その生き物を、私も、姉様も、大切にしていました。
 理解できなくても、わからなくても、説得できなくても、同調できなくても、それでも。それでも、同じ痛みを知って、分けて、傍にいることだけはできたはずなのですから。
 最初の綻びは、ルノア様が彼に出会ったこと。
 二つ目の綻びは、彼がルノア様の舞台に上がってしまったこと。

 ――でも、わたしにはわからないの。ええ、わからないわ。わからないから、戸惑ったのよ。“自分が焦っていることに戸惑った”の。

 祭りの最中、ゾロアークに脅されて。

 ――けれど、ラウが幸せなら、わたしはそれで構わないわ。幸せを願ったらおかしいかしら?

 子爵様の前で、セレス様の台詞をなぞって。

 ――瑠璃、玻璃。わたし、おかしいのよ。どうしたらいいかしら。
 ――そうしなきゃ駄目なはずなの。わたし、間違っていないでしょう?

 息子を探す夫婦のいた小さな村で。王都の片隅で。その台詞をうまくなぞれなくて。姉様はそれに“好きにすればいい”と答えました。
 ルノアの望むようにすればいい、と。
 それは本心でした。私たちの本心でした。だって、『観客(わたしたち)』の言葉は彼女を素通りしていくだけだったのですから。“聞こえないふりをされるもの”だったのですから。だから、姉様は祈るようにそう言ったのです。“ルノアの好きにすればいい”と。本当はたくさん選べるものがあって、選べるものがあるはずで、それは、本当は、セレスとしてではなく、泣き虫だった小さなルノアが選んでよかったのだと。けれど、やはりその言葉は届かなかったのですが。
 理想と現実。偶像と実像。そんなものに小さな身体が引き裂かれていくようで。壊れないでと、私たちは祈るしかありませんでした。私たちは、『観客』で、彼女を侵せる位置に座っていなかったのですから。私たち『観客』の声は『役者』である彼女には届かないのですから。届かなかったのですから。彼女に触れられる位置にいたのは。子爵の言葉が反芻します。

 ――もしかしたら、きみにならその権利が与えられるかもしれないね。

 何も持っていない、記憶喪失の少年だけで。
 何度も何度も言葉を見失いながら、意を決したように、溜息のように。ルノア様がとうとう口を開きます。

「あなたに、“わたしに会いたかった”って言われて、わたし。わたし、本当に、嬉しかったの」

 その言葉を受けて、その言葉を受け取って。彼は微睡むように、口元を緩めて。

「ならルノアが嘘吐きだなんて、どうでもいいよ」

side瑠璃(ラプラス)

 “どうでもいい”?
 ラウファが口にした言葉に、ぐらりとめまいがした。横を見れば、玻璃も豆鉄砲喰らった顔をしている。鳩でもないくせに。そして少し目線を動かせば瑠璃たちより少し離れたところではゾロアークが不服そうに鼻を鳴らす。興味もないのならルノアを見るなと睨み付ければ、再度鼻を鳴らしてそっぽを向いた。むーかーつーくー。
 瑠璃たちは、ルノアに“どうでもいい”なんて言えなかった。だって、瑠璃も玻璃も子爵も『ルノア』を知ってた。セレスの後ろをずっと付いて回っていた小さな子供。セレスに託された小さな可愛い妹。あの子を殺して、“どうでもいい”だなんて口が裂けても言えなかった。けれど。

《姉様》

 けれど、けれど。
 小さな声で呻く玻璃に、瑠璃は答えない。
 驚いたように目を丸くするルノアの顔。ルノアにとってもさぞかし予想外だっただろうその言葉に、けれど微かに歓喜が混じるのが見えた。本人が気づいたかどうかもわからないそれが“見えてしまった”。……見えて、気づいてしまった。気が、付いて、しまった。
 瑠璃も、玻璃も、子爵も、だれもかれも。

 “元からそういうものだった”と。そう思い込むことに決めて、そうしかできなかった瑠璃たちが、ルノアにしてあげれたのは一体なんだったんだろう。

sideルノア

 ――ならルノアが嘘吐きだなんて、どうでもいいよ。

 ラウがごく自然に言葉にしたその言葉がわたしを殴りつけていた。
 青々と生い茂った木の葉が、鮮やかな緑を見せる。チャコールグレイの髪に木漏れ日が落ちて、色褪せる。影が落ちて、その色を深める。金属の重なる音がして、彼の腰に付いたアクセサリーが動いた音だとわかる。はめ込まれた鈍い金色の石が、光に当たって蜂蜜色のそれを思い起こさせる。言葉を探すわたしを見下して彼は口元を緩めた。嬉しそうに、安堵の色を浮かべて。
 その表情をわたしはぼんやりと見上げるしかなかった。ぐらぐらと視界が揺れていて、ちかちかと頭の奥で何かが光る。ラウが“どうでもいいよ”と言った言葉が、頭を占める。けれどラウはその理由に気づかない。
 不思議そうに、わたしを覗き込んでラウが笑う。どうしたの、と。これで話はおしまい?  と。

「……どうでもいいの……?」
「え?」

 絞り出すような声が、喉から押し出される。“どうでもいい”? 本当に? わたしはあなたを謀ったのに。身勝手な理由で、傍にいてほしかっただけで、嘘を吐いたのに。何もかも偽物の嘘吐きなのに。それなのに。
 糾弾されるべきだった。罵られるべきだった。呆れられるべきだった。見捨てられるべきだった。憐れまれるはずだった。指を指して笑われるべきだった。誰もがそうしたのに。それなのに。

「あなたに嘘を吐いたわ。あなたを騙したわ。それなのに、」
「どうでもいいよ」

 こともなげに、ラウは答える。さっきも言ったよと可笑しそうに。

「だって、拒絶されるべきは僕なのに。僕は間違いなく怪物なのに。僕はルノアが嘘吐いてても何も困らなかったよ。だから、ルノアが嘘吐きでも嘘吐きじゃなくてもいいよ」

 だからどうでもいいよ、と繰り返す彼は悪いことをされたなんて思ってもいない。わたしが嘘吐きだったところで何も変わらない。
 そのまま彼の耳を塞いで、目を塞いで。何も知らないままで、わからないままで、その柔らかな言葉に頷いて飲み込んでしまいたい。そんな衝動を喉の奥へ仕舞込む。ラウの服を掴んだままの左手を握りしめる。縋りつく。視線を落とし、じっと自分の左手だけを見て。ああ、なんて“みっともない”。みっともない。みっともない、みっともない。『お嬢様(セレス)』はそんなみっともないことはしないのに。

「ルノア。ルノア、どうしたの。どうかしたの? どこか痛い? それとも僕は何か言い損ねた? 僕はルノアの話を聞いて何か言わなきゃならなかった? ごめんね、僕、何を言えばいいのかわからなくて。ごめんね、ごめん」
「いいえ、いいえいいえいいえ。違うの。違うわ。違う、わたしが悪いの」

 顔を上げ、彼と目を合わせる。チャコールグレイの虹彩が影を映して、黒く濁る。どうしてそんなことを言われたのかわからないと困ったようにラウが首を傾げる。わたしが悪いのに。わたしは彼に糾弾されても何も文句を言えないのに。それがどうやったら彼に伝わるのか、わからない。

「だって、気持ち悪いでしょう? だって不気味でしょう? わたし、中身も何もないの。何もかも嘘なのよ」

 ――あにゃたは、不気味にゃのよ。
 記憶の中のそれを言葉に変えた。ええ、ええ! そんなこと“わかっている”わ!
 もう、自分がどんな顔をしているのかさえ、わからない。わかりたくもない。
 けれど、それに返されるのは、諭すような声で。

「ルノア、それは悪いことなの? ……それは、僕もなのに」

 優しい風が、頬を撫でて中空を駆けた。

sideラウファ

 中天にあった太陽がいくらか西に動いていて、それに伴ってか地面に落ちる影の形が変わっていた。それでも夕刻と呼ぶにはまだ遠い。
 わからない。わからない。わからないわからない。きっと、僕がおかしいんだよね。わからない僕がおかしい。そうに決まっている。けれど、僕にはわからない。
 アシェルが僕に“怒っていい”と言った理由も。
 ルノアが僕に“失望したかしら”と聞く理由も。
 だって、僕は、何も怒っていないのに。失望なんてしていないのに。

「だって、気持ち悪いでしょう? だって不気味でしょう? わたし、中身も何もないの。何もかも嘘なのよ」

 怒らなきゃならない理由がわからない。ルノアを“気持ち悪い”なんて思わなきゃならない理由がわからない。だって、そんなことを言うのなら。

「ルノア、それは悪いことなの? ……それは、僕もなのに」

 それは、僕にこそ向けられる言葉のはずだ。だって、僕の世界は偽物なのだから。何もかもが、嘘吐きで、無色で、欺瞞で、虚偽で、虚構なのだから。

「どうして、僕がルノアに怒らなきゃならないのかわからないよ。別にいいよ。構わないよ。だって僕の世界は偽物だから。だからルノアが嘘吐きでもいいよ。僕自身が空っぽの偽物なのに、ルノアが本物かどうかなんてわからないよ。わからなくてもいいよ。全部僕の夢かもしれないし。……だから、怒ることなんて何もないよ。失望なんてしないよ。ルノアが何者でも構わないよ」

 ヘーゼルブラウンの瞳が、瞬きもせず呆けたように僕を見上げる。年齢相応くらいに幼い、ルノアのそんな顔を見るのは初めてな気がして、なんだか楽しくなってくる。
 ルノアが嘘吐き? だからそれが一体どうしたって言うんだろう。

「僕を“きれい”って、“ついてきて”って言ってくれたのは、ここにいるルノアだから」

 ルノアが『嘘吐き』だなんて。僕にとってはそんなことは今更で。だって僕の見る世界は僕も含めて偽物なのに。今、ルノアが言った言葉が嘘だろうとどうせ僕には嘘かどうかなんてわかりはしないのに。偽物の世界だけしか知らない偽物の僕に、誰が嘘吐きで何が本当かを検分しろなんて土台無理な話なのだから。だから僕にとってルノアのそんな“些細な嘘”なんて何も問題もなかった。何も失望することなんてなかった。
 だから、僕は本当にどうしてルノアが失望したかなんて聞くのか“わからなかった”。
 僕の偽物の世界に色を付けたのは、間違いなく『嘘吐き』を自称するこのルノアなのだから。
 不思議で、不思議で、仕方なくて。だから、僕は笑った。

「それだけでいいよ」

sideルノア

 どうでもいいよ、どうだっていいんだよ。
 そう平然と繰り返すラウに、言葉を継ぐことができないまま、わたしは彼を見上げる。はにかむようなその表情に嘘はない。甘く優しい言葉が耳の奥を撫でる。

「ルノア、どうして? 空っぽじゃ駄目? 嘘吐きじゃ駄目? 偽物じゃ駄目? それは悪いこと? それなら僕こそが悪いんだよ。見えている景色も、記憶も、感情も何もかもが『僕』の偽物なのに。僕は間違いでしかないものなのに。でもルノアは違うよ。大丈夫だよ。ルノアは悪くないよ」

 ラウを見つめたまま動けなくなるわたしに、ラウはその笑みを壊さない。

「どうして……?」

 なんとか吐き出した言葉は、意味を持たない問いかけで。何に対する“どうして”なのか自分でもわからないまま、きょとんとした顔でラウが答える。

「どうしてって……。ルノアが言ったのに。考えたって言ったよね。そうなりたいと願ったのは紛れもないルノアなのに」

 優しく、優しく。はにかむように。

「それが、悪いことなわけがないよ」

 頭の中で何かが弾けて、真っ白になった。

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2021.4.19  03:33:34    公開
2021.4.19  03:41:28    修正


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