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アクロアイトの鳥籠

著編者 : 森羅

1‐3.right/right/right

著 : 森羅

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「あら、残念。もっとあるものだと思っていたのに」
「十分ですよ。首が痛くなるくらい見上げたかったんですか?」

 僕の言葉にルノアは楽しそうに笑う。それくらいあっても面白いわね、と。そしてそれだけ言うと適当な本を手に取って備え付けの椅子に座ってしまった。手持無沙汰な僕は何をすればいいのかさっぱりわからない。ルノアを習ってざっと本の背表紙に目を通してみるけれど、これっぽっちも興味が湧かなかった。これだけ大きい屋敷だというのに蔵書は決して多くはない。せいぜい本棚二つ分ほどの本だ。ただこの部屋がさっきの応接室と比べて特段狭いのでかなりの圧迫感があるけれど。きっとこの街の領主とやらは本を読む習慣があまりないに違いない。
 案内兼監視として来てくれた人は部屋の外、扉の所にいるので部屋の中には僕らだけ。この部屋の扉はそこしかなく、あとは扉の向かいに大き目の窓が一つ。日の当たる時間帯ではないのか、部屋は少し仄暗かった。下を見るとここに敷かれているのも赤い絨毯。ルノアが座る豪奢な椅子も真紅。この領主は赤が好きなのだろうか。それともそんなものなんだろうか。一人首を傾げ、しかしルノアは俯き加減で本を広げて一言も発しない。集中しているようでなによりだけれど彼女は本好きだったのか。知らなかった。
 することのない僕は窓辺まで歩いて、その窓に手をかける。放置されていたのか少し立てつけが悪い。なんとか開け放った窓に風が押し寄せ、僕はそれに目を細めた。窓枠に手をかけ身を乗り出すと街の一番北にある屋敷の三階ともあって窓から街が一望できる。監視の人が中にまで入ってこなかった理由はこれだろう。三階の窓から飛び降りられるものなら飛び降りてみろという話。飛び降りた勇者はもれなく死体になれる豪華特典付き!……心底いらない。気を取り直して街を見下ろすと五つの時計塔がここから見える。時間は朝の十時過ぎ。小鳥たちが群れを成して空を駆けていた。街を一望できるその光景におお、と小さく歓声をあげる。そんな僕に反応するのはルノア。

「ラウ」
「何ですか?」

 その声は、少し怒っていたようにも呆れていたようにも思う。振り返った僕にルノアは深いため息を吐いた。外の明るさを見てしまったためか、やっぱりこの部屋は暗いと思ってしまう。……ところで僕、何かした?

「ラウ。あなた何しに来たの?探して頂戴」
「……何を探すんですか?僕は貴女が何を探しているのかなんて知らないですよ。不老不死の薬ですか、万能の薬ですか」

 今度は僕が呆れる方。彼女の探し物を僕は知らない。いつも適当に誤魔化されてしまうだけだ。何を探しているのか知らないのに、探すのを手伝うことなんてできるはずがないじゃないか。けれども僕の答えにルノアは笑う。楽しそうに、嬉しそうに、口元に手を当てて。

「まあ、今度はちゃんと覚えていられたのね。良かったわ。いいえ?本気よ探して頂戴」

 ルノアの表情と言葉、その両方の意味を理解しかねた僕はただただ困惑するだけ。彼女がどうして笑うのかわからない。何が楽しいのかわからない。そして彼女が言っていることは無茶苦茶だ。
 ぱたん、とルノアが手に持っていた本を閉じる。ぎゅっ、と椅子に入っていたらしいバネが弾む。僕は首を振った。

「……。ルノア。流石に冗談、冗談ですよね?この世界の一体どこを探したら不老不死なんて見つかるんですか?少なくとも僕はこんな小さな本棚の中にあるとは思えな」

 赤い色をした絨毯は、音を吸い取る。ルノアが近づいてくる足音に全く気が付かなかった僕は唐突に目の前に現れたルノアの右人差指に口を塞がれてしまう。少し背伸びをして、僕に指を伸ばすルノア。彼女の笑みは先程のまま、どこか楽しそうで。近くで見るとそれは本当に楽しそうで。小さな三つ編みが下した髪と独立して左右で揺れる。それは風が吹いているからか、それともルノアが動いているからかはもう僕にはわからない。もうどうでもよくなってしまっているから。……ああ、僕はまた負けるんだろうなと、確信した。

「ねえ、お願いよ」

 一抹の淋しささえ感じさせる潤んだ、抗うことを許さない声。僕は必死で身を捩じらせながら、目を逸らして答えを絞り出した。

「……何を探すんです……?」

 僕の回答に満足したのか、ルノアが僕から離れた。くすくすと面白がるような笑みが彼女の口から零れる。僕はただただ無言。自分が情けなく思えてくる。そしてひとしきり笑った後、ルノアは声を潜めて言った。

「そうね、適当に興味を持ったものでもいいのだけれど……そうね。この街の歴史とかの本があればそれをお願い」
「……歴史ですね。わかりました」

 なんでいきなり、と思ったけれどルノアがそれを欲しいというならそれは必要なものなのだろう。……多分。改めて本棚と向き合う僕を見ながらルノアはまた笑った。

「不思議に思わないの?」
「聞いたら答えてくれるんですか?」

 彼女の視線を感じながら本棚を眺める僕の質問は普通だったと思う。けれども彼女は頬を膨らませて拗ねていた。

「もう。詰まらないわ。聞いて欲しかったのに」
「……」

 そんな彼女に僕はどう反応していいのかわからない。本に右指を掛けたまま固まる僕。
 だって、君は聞いてもいつも答えてくれないじゃないか。それなのに聞いて欲しいだなんて。僕は一体何を言えって言うの?

「……どうして、歴史の本なんか必要なんですか……?」

 結局訳も分からないまま僕は彼女が欲しいらしい言葉を投げる。けれども彼女はもういいわと椅子の上に戻ってしまう。相変わらず固まったままの僕は、もうどうすればいいのかさっぱりわからない。どうして彼女を怒らせてしまったのか、何が気に食わなかったのか、わからない。ルノアを凝視したまま固まる僕にルノアの口だけが動いた。

「いいのよ。気にしないで。……あと、気が付いたから言っておくわ。ラウ、あなた両利きなんじゃないかしら。左手も右手も使っているもの。昨日、フォークも左右両方使っていたわ。それとも自分の利き腕もあなたはわからないのかしら?」
「好きでわからないわけじゃありません……」

 からかうような彼女の言葉に僕はぷいとそっぽを向く。さっきのは一体何だったのだろう。全く分からない。彼女はそんな僕に彼女は微かに笑って言葉を繋げた。

「あらあら、怒らないで。これで一つ分かったじゃないの」
「君の観察力には頭が上がらない、ですよ」
「素直って素敵よ。その調子で本の方もお願いね」

 なんだかうまく丸め込まれた気がする。釈然としないまま結局僕は数冊の本をルノアの目の前に置き、その一冊を広げた。溜息。

 ……ああ、僕はきっと本を読むのがあまり好きじゃないんだ。

   *

「で、結局知りたいことは見つかりましたか?」

 領主の屋敷を後にして、石畳の道を歩く僕ら。ルノアの足取りは軽く、僕の足取りは重い。なんだろう、どっと疲れた気がする。やっぱり僕はあまり本や勉強が好きではない。そうなんだ。カラカラカラと馬車が僕の隣を通り過ぎて行った。僕の隣を桃色の猫が短い脚を必死に動かして歩いている。ややあってルノアは僕の質問に答えた。

「ええ。と言っても問題はどこにあるかなのだけれど」
「“どこ”?」

 今度こそ僕は彼女の言葉を聞き返す。けれどもこれは恣意的じゃなくて本当に不思議に思ったからだ。この街に何があると言うんだろう。僕の言葉に彼女は嬉しそうに笑う。聞き返す事が嬉しいというのなら、僕の質問に答えてくれても良いのに。そう思っていたらルノアは少し考えた後、僕に尋ねた。

「あなた、この街の違和感がわかる?」
「違和感?」

 彼女の言葉に僕は辺りを見回してみる。昨日と同じように人が行き来していて、馬車が走り、賑わっていて。すっかりと晴れた良い天気は部屋の中に閉じ籠っていたのは少し勿体無いくらい。聖堂も時間を告げているし、おかしいと思うところは特にない。分からないと首を振るとルノアは辺りを見回してから裏路地を指差した。僕らはいたって普通にその路地へと入り込む。細い道は背の高い煉瓦の建物に圧迫され、細長い空が先へ続いていた。

「ラウ。あなた、産業革命が生み出した悲劇を知っているかしら。それはね、失業者を増やしたこと。機械の発達で一部の職人は仕事を失ってしまったの。機械が発達したといってもその質はあまり良くはないから一流の人たちはまだ大丈夫だろうけれど、二流三流の職人たちはもう今までの職では生きてはいけないわ。似たような出来で、安い値段と高い値段ならあなたは安い方を買うでしょう?」
「まあ、はい。質が同じならそうですね。……それで?」

 『産業革命』という事実が一体どうしたんだろう、とさっぱり話の見えない僕は続きを促すだけ。ルノアはそんな僕に少し呆れたように続きを話した。表通りほど裏路地の舗装は進んでいない。凹凸が多く、敷石の大きさもばらばらだ。

「もう。ラウ、わたし、言ったわよね?この街は比較的近代化の進んだ町だって。それは勿論、王都ほどじゃないでしょうけれど。でもね、だからこの街には沢山の職を失った人がいておかしくはないの。この街はここまで発達する前から交通の便が良くて人の行きかう街だったらしいし、この街で商売をしていた人も多いでしょう。でも、職を失ったはずの彼らの姿が見えないわ。この街にはスラムもない。“本来あるはずの光景”がないのよ」
「……領主が何か救済策のようなものを決めたとか、そういう考えは?」

 とりあえず思ったことを口に出してみる。けれどもルノアは首を振った。コーラルカラーの髪がその動きに踊る。短足子猫は石畳に躓いて転んだ。道に人気はない。居住アパートであろう左右の建物も静かなものだ。

「いいえ。それはないわ。あのお屋敷を見たでしょう?自分の身を削っているようには見えないわ。本来領主は領民と議論する義務があるのに、そんな様子もない。領民が自分たちの権利を行使できていないのよ。……ところでラウ」
「はい?」
「草を付けられたの?」

 目をきょとりとさせながら彼女は微笑む。……『草』?
 訳も分からず立ち止まる僕に合わせてルノアも立ち止まる。何か付いているのかと体を捩じってみる僕に少し笑いながら。

「ルノア?」
「違うわ、ラウ。草っていうのはね、それのことよ」

 ルノアの白い指がすっと僕を無視して、僕の足元を差した。僕はルノアが示した『それ』をつまみ上げる。言われてみれば気が付いたらずっといたような。

「これですか?」
「そうそれよ。草、つまり間者」

 うにゃうにゃ、と鳴きながら短い脚をばたつかせる『子猫』。残念ながら足の長さが全く足りていない。僕はその光景にルノアの言っていることは冗談じゃないかと疑ってしまう。

「……これが、ですか」
「そうそれが、よ」

 くすくす笑うルノア。いや、まず間者なんて付けられることしたっけ?それにもし何か僕がしたとしてもさすがに『これ』はないだろう。桃色の子猫をつまみ上げながら僕は一体どう対処していいのか悩みに悩む。ええっと……ルノア?

《ちょっと》
「はい?」
《レディに対してその持ち方はにゃいんじゃにゃいって思うのよ》

 ……にゃいんじゃにゃい?
 逆に舌をかみそうな発音に僕は辟易する。助けを求めてルノアを見るけれども、ルノアは面白そうに成り行きを見守っていて助けてくれる様子はない。ええ、ええ?え、あ……。えーと……。

《聞いてるの、って言ったのよ》

 あれ既視感。確か僕はマグマラシにも言われた。
 まず何をどうすればいいのか全く見当のつかない僕はとりあえずその子猫、エネコをつまみ上げたまま尋ねる。

「ええっと、君、話せるの……?」
《持ち方。失礼だと思うのよ》
「えっ、あー……うん。ごめん」

 どうすればいいかもわからず僕はエネコを路上に戻した。本当に見えているのかわからない程細い目が屈んだ僕を見上げる。僕は本当にどうすればいいのかわからずエネコとルノアの間で視線を上下。けれどもルノアは興味深そうに笑っているだけ。いやいや助けてよ、という視線は多分無意識に送っていたはずだけれど彼女は助けてくれる様子がない。仕方がないので僕はエネコに向き直った。ええっ、と。

「君?えっとあの……何か用?」
《アシェル》
「アシェル?」
《名前にゃのよ》

 ……このエネコのパターンを僕はよく知っていた。自然と視線が上に上がる。

「あら、どうかしたの?」

 ころころと楽しそうに、悪戯っぽく微笑んでいるルノア。僕は何も答えず視線をエネコに戻した。多分ここで僕が何か用か、とだけ聞いてもこのエネコはきっと答えてくれない。だって、ルノアもそうだったのだから。独特の手順、いや理不尽な個人ルールが彼女たちにはあるのだ。

「……アシェル、君は僕に何か用があるのかな?」

 ルノアが驚いたようにあら、と呟く。エネコはその細い目をさらに細くして笑った。どうやら満足して頂けたようだ。そう、ルノアもそうだった。名前を言ったなら名前をこちらが反復するまで満足しない。名前を言ったならそう呼べと言うこと。ルノアで経験していたからよかったけれど、これが初めてだったら僕はあと数分エネコ、アシェルから『アシェル』という四文字を聞き続けることになっただろう。尻尾をぴんとしたアシェルは口を開いた。

《そうにゃのよ。あたし、あのひとのスパイじゃにゃいのよ。寧ろ教えてあげようと思ったのよ》
「何を?」

 あのひと、と言うのは領主のことだろう。首を傾げる僕にアシェルは笑う。ころころと、笑みを浮かべて。取って置きの秘密を明かすように。

《逃げた方が良いと思うのよ。あのひと、怪しんでるのよ。あたし、あのひとよりあにゃたたちの方が面白そうって思ったのよ。だから特別。……ああ、あたしの方があのひとの家は詳しいのよ?来客だっていうからこっそり見に行ったのよ》
「それは光栄だわ。あなた、とても賢いのね。人語を解する獣は珍しいのに」

 どういう意味、そう聞こうとして聞けなかった。アシェルの言葉に先を返したのはルノア。僕はルノアを見上げる。青い空が細く切り取られている。少し逆光になって、それでもアシェルと同じように綺麗に笑うルノア。……なんだかよくわからないけれど、とりあえずこの状況は笑うものじゃない気がするんだけれど僕だけだろうか。笑う彼女たちに彼女たちが異常なのか自分が異常なのかわからなくなりそうになった。
 とりあえず僕にもう少し理由を説明して欲しい。どうして僕らが怪しい人扱いされなきゃならないっていうのか。僕らが一体何をした。いや、ルノアならやりかねないんだろうけれど。僕に覚えがあるのはルノアの探し物、そしてルノアが探してくれと言った領主の屋敷で見た本。それだけでは僕は何のことかさっぱりわからない。わかっているのは“ルノアは多分わかっている”ということだけ。

「ラウ」
「はい?ルノア、あの僕にもう少し説明」

 唐突に僕に話しかけた彼女は僕の言葉なんて聞いちゃいなかった。とてもとても楽しそうに笑って、とてもとても悪戯っぽく笑って。踊るようにその身を弾ませながら、彼女は僕に言葉を投げる。

「あなたなら大切なものを隠すとして、どこに隠すかしら?」
「はい?」

 大切なものを隠すとしたら?……どこだろう、鞄の中とか?突然の質問に僕が悶々と頭を悩ませるけれど、ルノアは僕の答えなんて必要としていないようだった。彼女は続けて『命じる』。頬を緩ませ、ふわりと笑みを広げて。

「行きましょう。回りくどいことはなしね。大切なものを隠す場所なんて選択肢は限られるわ」
「ルノア?」

 くすくすくすくす、羽根のように軽い笑い声。よじ登ってきたアシェルは右肩に移動させた。ほぼ無意識にそれをしたのは、完全にルノアに気を取られていたから。ドレスの裾が揺れる。ヘーゼルの大きな瞳が最高級の笑みを浮かべていた。砂糖よりも甘い声が僕を呼ぶ。

「欲しい景色があるの。ねえ、ラウ。今回は、善人気取りと行きましょう?」

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2012.12.24  21:44:47    公開
2013.1.26  00:52:50    修正


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