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アクロアイトの鳥籠

著編者 : 森羅

5‐1.歪な子供たち

著 : 森羅

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sideエルグ(ゾロアーク)

「大体……未練がましすぎるんだよ、エルグ」

 王都の路地裏で『エルグ』は紫煙を吐き出すように長く息を吐く。エルグに付き合うと、本当に碌な目に遭わない。疲れ切った表情を写す顔に手を当て、指の間からちらりと、大通りに目線を移す。どうやら自分の姿に気づく者はいない様子。メイド服を着込み、おさげを揺らす眼鏡の少女も籠を片手に市場の方へ降りていく。……さて。

「まあエルグに付き合ってる俺も、大概なんだけどな」

 “死んでしまった人間”のことなんて、忘れてしまえばいいのに。
 数秒後そこにいたのは“メイド服を着込み、おさげを揺らす眼鏡の少女”だった。

「…………あら?」
「もう帰ってきたの? 早いわね」
「ええ」

 少し驚いた様子の女中たちに、『彼女』は下手な言い訳をしない。笑顔で頷いておけば大抵のことは知らない間に流れて行ってくれる。そして、思惑通りすぐに話は別の話題へ移っていた。水場で洗濯物を洗いながら、彼女たちは息抜きとばかりにつまらない噂話に興じるのだ。
 例えばどこぞの家の坊ちゃんがついに家を継いだ、だとか。例えば我が家のお嬢様は好き嫌いが多すぎる、だとか。一度くらい綺麗な衣装を着てみたいだとか、小麦の値段が上がっただとか。だが、あまり時間はない。少しだけ話を誘導させる。

「そう言えば。誰かに聞いた気がするんだけど、どこかのお嬢様が家を出てなかった? まだ十二か、十四か、齢も若かったはずなんだけど」

 “誰かに聞いたことがある気がする”という言葉は便利だ。架空の人物でさえ『誰か』になりうるのだから。そして『彼女』の言葉にその場にいた女中たちの視線が一様に空を仰ぐ。記憶を探す際のその仕草は万人共通で、何度も見ても面白い。なあに急に、という言葉を何となく思い出したのよ、と躱し、答えを待つ。しばらくも経たないうちにいくつか言葉が上がった。どこそこのお嬢様は最近ご結婚されたはずだとか、どこの家はついに没落してしまってお嬢様は尼になってしまわれたとか。そうじゃない、違う。それじゃない。彼女たちからあがる情報を聞き分け、選別する。実は『彼女』――『エルグ』はもうすでに数日間王都のいたるところでこんなことを繰り返していた。彼の目的はただ一つ。『ルノア』という少女を探すため。
 ……と、言ってもあの名前が本名かどうかさえ怪しい時点であまりにも情報が少なすぎる。自分の片割れに言われたときは喩えでもなんでもなく、彼は頭痛を起こしたのだから。

「そういえば、確かローチェ家のほら、あの」
「ああ! そういえばあそこも」

 『エルグ』の苦労など知ってか知らぬかおしゃべりを続ける彼女たち。時折相槌を入れつつ、その話に潜り込む。洗濯物を洗う手だけは、きっちり仕事をしているのもまた、面白いところだ。

「たしか、養女を」
「本当にいるの? だってほとんど誰もお顔を見たことがないんでしょう? 旦那様は一度会ったことがあると仰っていたけど」

 ん? 他愛の無い話に少しだけ『エルグ』の表情が揺らぐ。その変化に誰も気づかなかったことを確認して、彼は引き続き耳をそばだてた。彼女たちの知る『噂話』はあくまで『噂』の域を出ないのだが、この数日でいくつか所在の分からない貴族の少女が出てきた。本当ならもう少し深く聞いた方が良いのだが、これ以上いるのはまずい。『本物』が帰ってきてしまう。どのみち噂の真偽は直接調べるしかないのだ。

「……ごめんなさい。わたし、用事があったんだわ!」

 今しがた時間に気づいたような声を上げて『エルグ』は立ち上がり、慌てたフリをしながらその場を後にする。女中たちは何も疑問を抱かずにそれを見送り、『エルグ』は内心でほくそ笑んだ。あとで自分が“化けた”少女と他の女中たちは首を傾げるかもしれないが、仕方がない。人目に付かないように人気のない場所に移動し、幻影――“イリュージョン”を解く。瞬き二つの間に少女の代わりに唐茶の髪を揺らす青年に化けた獣は、この数日の成果――数名の“所在不明だと噂の立っている少女”の名前――を口の中で繰り返した。

「アマート家のクレア・アマート、バルフ家のリタ・バルフ、ベルトレ家のエレーヌ・ベルトレ。……それからローチェ家の、セレス・ローチェ」

 名のある家柄の、しかも十歳から十四歳くらいまでの年齢の少女が『行方不明』などまずありえない。そこらのパン屋の娘が消えたのとはわけが違うのだから。理由として挙げられるのは、何らかの理由で病、もしくは死亡を隠している場合。ただの噂で、実は普通に暮らしている場合。何らかの事件に巻き込まれている場合。そして、その他この中に含まれない特殊な問題の場合。この数日の成果の中にとりあえず『ルノア』の名はないが、元々あまり期待していなかった名前のため『エルグ』は落胆しない。とりあえずこの四人を少し調べてみるかと彼は息を吐き出す。

 ……さて。この中にあのお嬢さんはいるんだか。

sideラウファ

 土を踏み均らしただけの街道。それは本来馬車が通れる程度に広いくせに、街道の左右で枝葉を伸ばす木々のせいか圧迫されて感じる。ふと後ろを振り返ると“進むはずだった”、“選ぶはずだった”岐路の先がかなり遠のいていた。視界から消えていくそれに僕は何とも言えない不安を得る。

「……ルノア」

 ――王都の方に、もしかしたらあなたを知ってる人がいるかもしれないわ。
 ――だから、王都方面に行きましょう。

「ルノア」

 いつもの笑顔でそんなことを言われたのが数日前、子爵の屋敷を発った後。それはいい、それはいいんだ。僕自身はあまり忘れてしまったことなんて気にしていないんだけど、ルノアが行くというのならそれは構わなかった。自分の過去に興味がないわけじゃないし、なにより僕には行く宛てなんてないんだから。……だけど。

「ルノア。ルノア」

 前を歩くルノアはいつもよりずっと早足で、アシェルの足なら本当に置いて行かれてしまうだろう。僕の声に振り返る素振りさえ見せずに黙々と歩き続ける彼女。それはなんだか怒っているようで、その小さな背中を遠く感じる。けれどそれが『何故』なのかが僕には全く分からない。ルノアがそう、選んだはずなのにと。

「ルノア、ルノアってば」

 何度呼んでも返事はない。一方通行の言葉は、風に紛れて消えた。アシェルは肩の上で前を行く背中を睨み付けたまま黙っていて、僕は一生懸命追いかけているはずなのに、どうやっても彼女に追いつかない。
 どうして、どうしてこんなことになったんだろう。

 原因は昨日のことだろう、とそれはわかっているけど。

sideルノア

「ルノア。ルノア」

 聞こえているはずの声を、聞かなかったことにした。

「ルノア、ルノアってば」

 前だけを見て、後ろを振り返らないようにして。歩みに従って時折目に入る三つ編みは煩わしいだけ。ただただ一歩でも早く、一秒でも早くと足を急かす。この道の終わりに辿り着きたくて。道に天井を作る枝葉のせいだけでない圧迫感から、逃れたくて。その理由は……分かっているくせに、知らないふりをした。

「…………どうしたの……?」

 躊躇いがちなその声を最後に後ろから聞こえる声が止む。わたしはそれでも歩みを止めない。振り返らない。瑠璃と玻璃がボングリの中から声を上げる。止まるべきだと、そう諭す。それが正しいと、わたしもわかっていた。わかっていた、けれど。止めてしまえば、動けなくなってしまうから。それももう、わかりきっていたの。
 だから、歩くのをやめるわけにはいかなかった。

 ――ねえ、あんた。そこの男の子。
 ――あんた。この人に、似てない?

 昨日、王都に向かう道すがら偶然小さな村で宿を取っただけ。ただ、それだけ。宿代は高すぎず、お料理も美味しかった。宿を切り盛りしているその女性も、何も悪気がなかったと知っている。ただ、思ったことを口にしただけ。尋ね人の張り紙と見比べて、そう思って、尋ねただけ。――尋ね人の少年と、似ていると。
 ラウはその言葉に驚いて、張り紙と見比べて、暫くしてから首を振った。名前が違うと、年齢も顔つきも違うと。記憶喪失のラウが持っているものなんて、何一つ“正しいという証明ができないもの”なのに。名前も、推察できる年齢さえ。そこにいる存在の証明さえも、彼にとっては曖昧なものなのに。

 ――違うよ、ルノア。人違いだよ。知らないよ、知らない人だよ。

 頬を緩めて笑ったそれは、嘘ではなかった。彼は嘘を“吐けない”。それはわたしが一番知っている。彼は本当に、“身に覚えを感じなかった”。“知らないと思った”。“心に引っかかるところがなかった”。それは間違いない。けれど、それでも。

 ――折角だから、行きましょう。

 両手を合わせ、首を傾げ、そうラウにねだったのはわたし。なぜなら『可能性』を否定する必要はどこにも無いはずだったから。遠回りになるよ、王都とは反対方向だよ、行かなくていいよ、だって知らないよ、僕じゃないよ。そう繰り返すラウを黙らせて、行先を変えたのは他でもないわたし。だってラウは、ラウは簡単に“忘れてしまったこと”だと言うけれど。そう、なんでもないように笑うけれど。

 『ラウファ』を知る人は、きっと悲しんでいるはずでしょう?

 ラウがいなくなったことを。ラウが忘れてしまったことを。それは哀しいことでしょう? それは辛いことでしょう? だって、大切な人なのだから。ラウを大切にしていたはずの人なのだから。ラウが大切にしていたはずの人なのだから。だから……だから、可能性があるのなら行くべきだわ。そうでしょう? それは、絶対に間違っていない選択。わたしにとっても。ラウにとっても。この道は、間違っていない道だと確信を持って言えるわ。それでも。

「……ノア、ルノア」

 それでも、足は重たくて。
 少しでも足を動かして、少しでも前へと向かわなければ、きっと動けなくなってしまう。きっと歩くことを止めてしまう。歩けなくなってしまう。そうわかっていた。そう確信していた。だからただ、必死で足を動かして、前だけを睨み付けて。歩みを止めるわけにはいかなかった。振り返るわけにはいかなかった。
 それなのに。

「ルノアっ!」

 ふっ、と体が後ろに引かれて身体が傾いた。掴まれた右手首が、その手のひらの熱をわたしに伝える。後ろを歩いていたはずの彼と、目が合う。驚くわたし。どうしてかはわからないけれどその目は今にも泣き出しそうで、まるではじめて彼と出会った時のそれのようで。

「……ラウ……」

 わたしの足は、止まってしまった。

「ルノア、どうしたの。どうしてそんなに急いでるの? 怒ってる? 僕は、何かした?」

 迷子のような目をして不安だと、その声は訴えていた。どうしたのかと。何か自分はしてしまったかと。彼にはわたしの行動の理由が“わかっていない”から。今まで見たことがなくて推測ができず、『何故』なのかが全く“わからない”から。傍観に徹するアシェルはラウの肩の上で無表情に成り行きを見ていた。見当違いな誤解をしているラウにしばらく面喰い、何と答えようか迷って。……結局その見慣れた姿を上から下まで見直す。アイボリーの肌に、チャコールの髪と瞳。簡素な服と、頭の白布。金色の、鳥を模したアクセサリー。それがわたしの知る、ラウファ。彼に伸びかけた手を、気づかれないうちにそっと降ろす。そして、笑った。

「いいえ。なんでもないわ。ただ、少しでも早く目的地に辿り着きたいだけよ。あなただって早く知りたいでしょう? 本人なのかもしれないのに」
「えっ……。いや、うーん。だって、違うと思うんだけどなあ……」
「そんな証拠、ないでしょう?」

 困ったように空を仰ぐラウに、わたしは笑う。目を細め、口元を吊り上げ、嫣然と。その困ったような表情が面白くて仕方がないと言わんばかりに。

「ほら、だから早く行きましょう?」

 楽しみで仕方がないと、そう装ってラウの手を引いて。
 やはり重たいままの足を動かし、枝葉のせいだけでない圧迫感と息苦しさを耐えながら。


 足が重たい理由なんて。その理由なんて、知らない。知らないわ。知ってはいけない、知ってはいけないの。その感情の名前なんて知らないわ。その感情を自覚してしまえば、きっと。きっと、わたしが足元から崩れてしまう。足元を覆う薄氷が、割れてしまう。

 わたし、は。

sideアシェル(エネコ)

 何でもないと言わんばかりの顔で、お嬢様は笑った。
 いつもと同じように、世界中の全てが面白くて仕方がないとそう言わんばかりのそれで。
 いつもと同じように、人を逆らわせないような全てを屈服させるそれで。
 いつもと同じように、嫣然と、官能的に。

 その微笑みが“どこかぎこちない”など、きっとほとんどの人が気づかないだろう。完璧なまでの表情の移行。それは彼女の“前の行動”を知らなければ、いつもの彼女の笑みを知らなければ、ラウファでなくてもおかしいなどこれっぽっちも思わないに違いない。あたし自身、お嬢様がその笑みの前にしていた、早歩き行動の意味を疑う程だ。けれど、きっと間違いない。その行動の意味はラウファにはわからなくても、本来とてつもなく単純で明快なのだ。

 ……お嬢様、あにゃた、不安なのよ?

 そう、その感情の名前は『不安』。
 本当に単純な、当たり前の感情。知っている人が遠くに行ってしまうのではないかと言う不安。ただそれだけ。自分との旅を止めて、自分と別れてしまうのではないか。それが不安で不安で堪らなくて、けれど確かめずにもいられない。見ぬ振りもできない。それ以上でもそれ以下でもない。年端もいかない少女の、ごく普通の感情。
 それをわざわざ隠す意味は、わからないけど。

 どうしてもと望むのならば傍にいて、と笑えばいい。いつもと同じように、その逆らうことを許さない笑みでねだればいい。もしその尋ね人がラウファ本人であっても、自分の傍に居なさいと。ラウファはきっと何も疑わずにそれを聞き入れるだろう。言い方は悪いけど、それ以外の選択肢を彼から奪うことは容易なはず。耳を塞ぎ、目を塞ぎ、ラウファに自分の手だけを握らせるのはお嬢様には可能なはず。それに元々件の尋ね人の村に行こうと言い出したのはお嬢様の方で、ラウファは乗り気ではなかった。それでなくてもラウファはお嬢様を盲信している節があるし、お嬢様もそれは十分に知っているはずだし。暴虐な手段ではあるけど、そう言ってしまえばお嬢様は自分の不安を取り除くことが可能だったのだ。……いや。たとえそこまで言わなくても、ただそばにいてほしいと、そう伝えるだけで十分なはずなのに。
 けれどそうもせず、ハリボテのように繕って、誤魔化し続ける意図は何なのだ。

 ラウと手を繋いで、楽しそうに歩くお嬢様を見つめる。お嬢様の動きに従って跳ねる、コーラルカラーの三つ編み。夏の日差しは木の葉に阻まれ、道に濃い影を落としている。手を繋がれたラウは少し恥ずかしそうで、戸惑っているようで、けれど笑っていた。
 その光景は、決して珍しくなんてない。ラウファはいつもお嬢様の尻に敷かれているし、お嬢様はとんでもなく我儘だ。手を引くのは、お嬢様の方。付いていくのは、ラウファの方。我儘を言うのはお嬢様、叶えるのはラウファ。それは数か月間の付き合いで、当然のように決まった役割。無茶な我儘など、今に始まったことではないはずなのに。

 ラウファはどうせそんなこと、理解できないのに。不安だと言っても、お嬢様がなぜ不安なのかきっとわからないのに。ねだればきっと、何の疑いもなくお嬢様の願いを叶えてくれるのに。……似たようなことは、前にもあった。あのゾロアークと話した時にお嬢様は怒って、焦った。“自分が焦っていることに戸惑った”とそう言ったお嬢様。それは異常としか言いようがない。自分の感情が、分からないなど。それじゃまるでラウファだと、そう思った記憶がある。ラウファの異常は今に始まったことではないけど、このお嬢様もまた、どこか歪んでいるのだろう。歪な歪な子供たち。ラウファが全てを失くしているというのなら、お嬢様は何か暗幕のようなもので自分を覆っているのだ。

 お嬢様。あにゃたは一体、『誰』に感情を隠しているのよ。

sideエルグ(ゾロアーク)

「はーずれ」

 自然な足取りで一軒の屋敷から出て、人波に紛れ込む。そして、頭の中で少女の名前に横線を引きながら『エルグ』はそう呟いた。……クレア・アマートは存命だった。適当な人間に化けて屋敷に忍び込み、聞かされたのはアマート家のお家騒動の顛末。聞き流していたせいで詳しい内容は忘れてしまったが、クレア・アマート本人は少し実家を離れているだけでとりあず何事もなく暮らしているそうだ。こちらに帰ってきてからは色々と後始末が大変だろうが、身体に不自由がなかっただけ『行方不明』の理由としては良い部類だろうか。
 だが、そんなことは『エルグ』にとってはどうでもいい。

「……疲れる仕事、やらせやがって……」

 凝り固まった肩が、ずっしりと重い。彼にとってはむしろ、一人目でアタリであればどれほど良かっただろうか。アタリを引くまでやめることなどできないのだから、疲れる仕事は少ないほど良いに決まっているのだ。

「あと、三人」

 全員ハズレだった場合のことは、とりあえず考えないようにした。
 そんな恐ろしいことは、考えたくもない。

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2014.5.11  23:02:30    公開
2014.7.29  22:16:41    修正


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