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幻剣伝記

著編者 : 絢音

第三話

著 : 絢音

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 最初に村の異変に気づいたのは村長だった。きっかけは共に農作業をしていた一人娘の何気ない一言だった。
「あっつーい! 最近太陽頑張り過ぎ!」
 普段なら笑って流す冗談だっただろう。その言葉を発したファイだって特段考えて放った言葉ではなかった。しかし村長はその言葉でふと考えを巡らせてしまった。前に雨が降ってから何日が経っただろうかと。もうすぐ夏が始まる。そういえば今年は梅雨があっただろうか。雨に打たれながら畑を見回っただろうか。水を汲みに行かずに済むと胸を撫で下ろした日があっただろうかと。
 村長はゆっくり空を見上げた。青く広く澄み渡る空に雲はない。あるのは煌々と照りつける眩く輝く太陽のみ。じりじりと皮膚を焼き、じんわりと汗が滲む。そういえば暑くなってきたというのに、テッカニンの羽音を聞かない。この時期になると煩いくらい飛び回っているというのに。酷い蜃気楼は数メートル先でお供のヤミカラスと共に畑に水をやる愛娘の姿さえぼかす。今までそんな事はあっただろうか。おかしい。何かがおかしい。これは──考えに耽り手が止まってしまった村長に気づき、ファイは不思議そうに声をかけた。
「お父さん? どうしたの?」
 しかし呑気な娘の声は彼の耳には入らなかった。ぽつりと村長は呟いた。
「干魃だ……」

 その夜、ファイは上手く寝付けなかった。昼の深刻な顔をしていた父親の事がどうにも気になった。隣で眠るサンとリーザを起こさないようそっと寝床を抜け出す。外で待機しているヤミカラスのガークとちょっと遊んでこよう、と廊下に出た時、こそこそと話し合う声が聞こえた。音源は大広間のようだった。ファイは仕切りとして掛けられた大判の布にそっと耳を押し当てた。
「干魃なんて聞いてない!」
「こらっ、声を抑えんか。まだ決まった訳じゃない」
 誰かの悲鳴のような声を村長が諌める。ひそひそと続けられる秘密話をなんとか聞こうとファイは息を飲んで耳を澄ました。
「干魃が来るなら巫女が予言を授かるはずだ」
「ですが……今の状況を鑑みるにどう考えてもこれは……」
「そもそも巫女がいれば避けられるんじゃなかったのか?」
「予言がない事には対応しようがない」
「もしかして巫女の力が落ちているのでは?」
「とにかく巫女に相談してみましょう」
「うむ……そうだな……」
 結論が出た会議は終わり、ぞろぞろと人が玄関に流れる音がする。ファイは盗み聞きがばれないように、忍び足で寝室に戻った。しかしその目は冴え、なかなか眠りにつけなかった。

 それからも雨は降らず、暑い日々が続いた。その暑さは朝の禊の時間にも侵食していた。リーザは随分水位の減った池から立ち上がる。今までは腰まで染み込んでいた水が、ふくらはぎで止まっている。祠を囲む清水の範囲はもはや水溜まり程度であった。そこに流れ込むはずのせせらぎの音もいつからか途絶えていた。
 リーザはとても焦っていた。干魃が予知できなかったどころか、雨を降らす事もままならない。いつも以上に禊を丁寧に行っても、朝から晩まで祈祷を行っても、それは変わらなかった。村人達から毎日責められるように問いかけられる。

『いつになれば雨は降るのか?』

 その言葉を聞くだけで動悸がした。呼吸が乱れた。彼女には分かっていたのだ。自分が雨を降らせなければ、この村が飢饉に見舞われ滅びる事が。実際、今年の作物は実る前に枯れてゆき、食糧は減る一方だ。水ですらもその取り合いで諍いが起き始めていた。それら全てが自分のせいだと責められているようで、村人達の視線があまりに恐ろしく、だからこそリーザは祈り続けた。言葉通り寝食を犠牲にしてまでも彼女は必死だった。
 そんな彼女を村人達は労る事などなかった。皆、自身の命の危険が迫ってきている中、他人の心配などしていられない。しかもそれが頼みの綱であり、ある意味では渦中の人間ともなれば、怒りはぶつけれど心配などする余地もなかった。
 しかし二人だけリーザの身を案じる者がいた。ファイとサンは変わらず朝の禊の時間に訪れ、短い憩いの時間を共に過ごした。
「……お疲れ、リーザ」
「こんな事言っても気休めにしかなんねぇだろうけど……あんま無理すんなよ」
 二人の労いの言葉にリーザはなんとか笑みを作って応えた。黒髪が張り付くその顔には暑さ以上の汗が流れている。すっかりやつれてしまった友の姿を見ていられず、ファイは目を背けてしまう。しかしサンはクマが縁取る生気を失った黒い瞳を真っ直ぐ見つめてこう言った。
「なぁ、もう、止めちまえよ」
「……駄目です、私がやらねば、村が……」
「保身ばっかの村の奴らの為にリーザがここまでする必要あんのかよ」
「なんて事言うの!?」
「あんたは黙ってろ!」
 とんでもない事を言い始めたサンを止めようと口を開いたファイだったが、サンの怒鳴り声に言葉を失った。口は悪くてもこのように本気で怒られた事などなかったのだ。静かになった蒸し暑い空間で三人は怒ったような、泣きそうな顔を突き合わせる。定位置の木で三人を見守っていたお供のポケモン達も、彼女達の異変に気づいたのか、そわそわと翼をはためかせそれぞれのパートナーの元に降り立つ。羽音が消えた時、最初に口火を切ったのはサンだった。
「リーザ、あんたこのままじゃ死ぬよ。あたしは嫌だよ、あんな奴らのせいであんたが死ぬのを見るのは」
「……でも、私がいなければ皆死んでしまいます。私一人の死で皆が救われるのならそれも良いかもしれません」
「良くねぇよ!」
 叫んだサンはその勢いのままリーザの腕を乱暴に掴んだ。リーザは驚くがその手を振りほどきはしなかった。
「もういい、あたしが連れ出してやる。これはあたしが勝手にやる事だ。あんたは何も考えなくていい。こんな村さっさと出ていこう」
「サン……」
 サンの提案にリーザは首を振る事はできなかった。もう限界だったリーザにはその誘いが間違っていると分かっていながら、とても魅力的に思えた。何も言わないリーザを同意したものと判断したサンは、今度はファイの手を取った。
「ファイも一緒に行くだろ」
「そ、そんなの……」
 肯定気味に聞かれた質問にファイはすぐには答えられなかった。彼女にとって村長の跡取りという足枷はあまりに強固だった。家の手伝いや村長になる為の勉強など縛りは多けれど、家族や村人達に大事にされて育ったファイにとって、村はすぐに切り捨てられるものではない。しかし同様にサンとリーザも幼馴染として、家族として共に育った大事な大事な親友で。急にどちらかを選ばなければならない事態にファイは混乱してしまう。

 その逡巡の間で、彼女達を止めるには十分だった。

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2021.6.23  21:38:19    公開


■  コメント (2)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

>>せせらぎ様
コメントありがとうございます!いつも励みになります!
三話目にしてせせらぎが途絶えてしまいました(笑)が、せせらぎ様からの音信は途絶えなくて安心致しました(笑)
天災は始まりつつありますね…これは伝説のポケモンの仕業なのか、はたまた幻剣のせいなのか、それとも自然の脅威なのか…
盗み聞きシーン削るかどうか悩んでいたので、そう言って頂けて良かったです!ファイの不安を募らせる緊張感を感じて頂ければと思います。
巫女も完璧では無いので…しかもまだ10歳の少女…それでもリーザの予言がなかった事が始まりになってしまいました。何故、予言がないのか、明かせるかな…書きたいことが多すぎて入り切らないかも…
サンは粗野ながらも男らしいキャラのイメージなので、かっこいいと言って頂き光栄です!気に入って頂けて嬉しいですが、この後の展開が辛くなるかもです…まあ誰を好いて頂いても辛くなるのは必須なのですが…
はっ!またせせらぎ様の鋭い指摘…!その通りと言いますか、続きは本編でお楽しみ下さい!←
これからもお付き合い頂ければ幸いです。それでは拙文失礼致しました。

21.6.26  03:16  -  絢音  (absoul)

せせらぎが途絶えてしまった…
(笑)

幻剣はまだ出ていないけど、天災はもう始まってしまったのでしょうか…!? 干魃というとファイヤーの影響かな…? 夏というのも関係がありそうですね。はじめの幻剣を手にするのはファイになるのでしょうか。

こっそり盗み聞きする場面はドキドキです♪(*^^*)

なぜ予言を授からなかったのかはリーザにも分からないようですね…原因が気になります。

「なぁ、もう、止めちまえよ」というサンのセリフがかっこいい…!! 普段は少し粗野な感じがするサンですが、こういう危機的状況では頼りがいがありますね;; 一気に好きなキャラになりました。

ファイが二人を止めようと仲間割れでもするのかと思いましたが、逡巡しているうちに逃げる意欲が削がれてしまったようですね…? それとも村人などに逃げようとしているところを発見されて、これから取り押さえられるところだったりして…!?
更新お疲れ様でした!!m(*_ _)m

21.6.25  20:56  -  せせらぎ  (seseragi)

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