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幻剣伝記

著編者 : 絢音

第三話

著 : 絢音

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 石造りの兵舎の大部屋に並ぶベッドの一つに眠る闇夜を映したような黒髪の少年が、勢いよく上半身を起こした。その肩は荒い呼吸に合わせて激しく上下している。
「また……」
 彼はそれだけぽつりと呟くと、右手で肩まで伸びる髪を乱暴にかきあげる。少年は毎夜同じ悪夢に苛まれていた。それは思い出したくもない、でも忘れる事もできない苦しい記憶。平凡だったが、幸せだった日々の終焉の事件。両親も、パートナーのポケモンも、そして何より大切だった彼女さえも失ってしまったあの悪夢のような夜。そして、代わりに不思議な力を授けられたきっかけだった。
 彼は息を整えると静かにベッドから降りてその部屋を出た。沢山並ぶベッドからは規則正しい寝息が聞こえるだけで、彼の動きに目を覚ます者はいなかった。
 少年は歩きながら髪を後ろに纏め、足音が鳴らないように慎重に石造りの廊下を歩いた。少し先にある質素な扉を開くと、外から涼しい夜風が頬を撫でた。彼は外に踏み出すと静かに後ろ手で扉を閉めた。扉の脇に座り込み、ふぅと長い吐息を漏らす。それは誰の耳にも届かず夜の闇に吸い込まれて消えていくと思われた。
「なんだ、クライか」
 突如現れた声に少年は素早く立ち上がった。その動きに、声をかけた男は小さく笑みを零す。
「おいおい、そんなに警戒するなよ」
「……ゾイル」
「やっぱりお前も寝れない感じ?」
 ゾイルと呼ばれた男は軽い調子で聞いてくる。クライは視線を地面に落としてから小さく頷いた。その様子を見てゾイルはだよなぁ、と努めて明るく同調した。
「明日はとうとう出兵だもんな。施設にいた時から訓練は受けてたけど緊張するよな」
「……あぁ」
「明日は偵察するだけって言われてるけど、それでも戦闘になったらどうしよう、って不安で寝つけねぇよ」
「そうだな……」
「しかもここだけの話、ただの偵察じゃなくて、なにやら裏の作戦があるらしいし」
「そうか……」
「まあ、お前なら大丈夫だろ。なんたってナンバーワンの腕前なんだから」
「……どうかな……」
 クライは気のない返事をするが、そんな事はお構いなしにゾイルはべらべらと饒舌に語る。彼らは同じ孤児院の出身であった。国が経営するその施設は、表向きは身寄りのない子供達を引き取る慈善事業としているが、その実態は国の為に戦う特攻兵を育成するというものだった。子供の頃から教育する事で戦いに疑問を抱かせず、孤児という存在は死んでも誰も困らないからと、どんな作戦にも融通の利く代物だった。そんな事を知る由もなく彼らは明日、隣国への偵察部隊として初めての出兵に赴くのだ。
「俺はお前とは違って、それほど剣の才能もないのにさぁ、まさかこの作戦に選ばれると思っていなくて、選ばれたって知った時は本当にもう驚いて」
 ゾイルの止まる所を知らない口に、クライは辟易してきたがそれを止める術を持たないので、少し伸びた前髪を弄って気分を紛らわす。指で摘んだ夜闇に溶けそうな真黒な髪に、5年経った今でも違和感が拭えない。昔は赤茶色だった髪が、あの事件以来──あの剣を手に入れて以来──漆黒に染まってしまった。変わってしまったのは髪色だけではなく瞳の色も水色になった。その姿は剣を手にしたあの時、一瞬だけ目にしたポケモンに似ており、だからクライは力を手に入れた代わりにあのポケモンに取り憑かれたように思っていた。それは何故かとても恐ろしい事のように思え、いずれ乗っ取られるのではないかという疑心をずっと抱いていた。
 実際、クライが変わったのは見た目だけではなかった。それまで剣など握った事のない人間だったはずが、事件後施設に引き取られた彼が初めて対人戦に挑んだ時、剣の指導者まで打ち負かしてしまった。たしかにクライは事件の事もあり人一倍強くなりたい思いはあったが、それでもそれは異例な事であった。そしてその時彼が使ったあの刀身を消す剣は『魔剣』と呼ばれるようになった。
「おい、クライ。聞いてんのか?」
「え?」
 物思いに耽っていたクライは急に話を振られて素っ頓狂な声を発する。それに対する男はあからさまなため息をついて、もう一度同じ台詞を繰り返した。
「だーかーら。ピンチの時は助けてくれよ? お前がいれば絶対勝てる。なんたって『魔剣』の持ち主なんだから」
「あ、ああ……」
「頼りない返事だなぁ、大丈夫かよ」
 朗らかに笑いながらゾイルはクライの肩を軽く小突いた。彼の明るい表情もよく見ると口元が引き攣っている。明日への不安を隠そうと無理矢理笑顔を作っている事が伺えた。
「……ゾイル……」
 それを目敏く察知したクライだったが、それを心配するような野暮な事は聞けなかった。
「ん? どうした?」
「いや……あれはできれば使いたくないなと思って」
 だから彼は『魔剣』の方へ話を展開する。そしてそれも本音であった。あの剣を握る度、クライは心が闇に飲まれる気がしていた。それに常軌を逸したその剣は使うべきではない、と施設でもきつく言われていたのだ。その事情をゾイルも知っている。だから彼は少し考えあぐねるように声を出した。
「あー……まあ、お前にも事情はいろいろあるんだろうけどさ。ただ、明日は今までみたいなお遊びとは違う」
「分かってる」
「ならどんな手でも使って生き残らねぇと」
「……そうだな」
「よし! というわけで明日は頑張ろうな!」
 気合いの入った声と共に元気よく突き出されたゾイルの拳に、クライは自身の拳を控えめに当てた。二人は拳を突き合わせて、くすりと笑いあった。

 こうして明日戦場に挑む少年達の夜は更けていった。

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2021.4.23  22:40:34    公開


■  コメント (2)

※ 色の付いたコメントは、作者自身によるものです。

>>せせらぎ様
いつもコメントありがとうございます!お返事が遅くなってしまい申し訳ありません…。少しバタついておりました。
セリアに続きクライも幻剣を手に入れ、その見た目が変わってしまいました。幻剣を使う代償…的なのもあるかもしれませんね。今後のクライの動きに乞うご期待です。
臨場感ありましたか、そう言っていただけてとても嬉しいです。なかなかそのように書くのは難しいので、書けているのか不安になりますが、そう言ってもらえると安心致します。
クライが素っ気ない代わりに、ゾイルは可愛い奴なんです(笑)なんだかんだ仲良しで、だからこそ伝わってしまう不安とかそれを隠そうとする気遣いとかあるんだろうなぁと思っております。
せせらぎ様にはいろいろバレてしまっている感はありますが(笑)、次回で裏の作戦が明らかになります!二人が相見えるのもそう遠くはないでしょう…!
温かいコメントありがとうございました!これからも気長にお付き合いいただければ幸いです。拙文失礼致しました。

21.5.3  00:15  -  絢音  (absoul)

絢音様こんにちは!m(*_ _)m
 クライも髪の色が変わってる…!! でもこちらは記憶を失っていないのですね。とはいえ、クライも自身が乗っ取られる恐怖を感じているようなので、これはもしかすると……翌日戦闘が発生して、クライもセリアみたいになってしまうのでは…!? 幻剣は使いすぎると体が乗っ取られてしまう…そんな気がしてきました。
 クライが部屋を抜け出してから、ゾイルに呼びかけられるまでのシーンにとても臨場感を感じました…!! また、ゾイルが明るく振る舞っていても、実は不安なのだということが伝わってきて、守ってあげたいなと思いました。あ、もしかするとクライはゾイルを守るためにやむを得ず魔剣を使ってしまうことになるのかな…?
 首刈三日月が妖刀に対し、新月霊剣は魔剣かぁ…! 別名もかっこいいです!!
 裏の作戦とはいったい…!? クライを敵国の中枢部に送り込むとか…? 相手国がクライを狙っているのだとしたら、もしかするとこの裏の作戦は既に相手方にばれてしまっているのかもしれませんね。そうすると、戦場でクライはさっそくセリアと出会ってしまう可能性も…!?
更新お疲れ様でした!!

21.4.24  01:07  -  せせらぎ  (seseragi)

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